その2
みんながニコニコしていた理由は翌朝分かった。彼らは跡継ぎを探していたのだ。
「いいか、お前は今日から沢山訓練し、立派殺し屋になるのだ。私の事は棟梁と呼びなさい。」
50くらいのおじさん、いや、棟梁は言った。棟梁の元では10代後半から20代後半くらいの15人が修行を積んでいるらしい。ただ、私は今5歳。殺し屋なんて分かる訳が無い。とりあえずみんなと一緒に修行することにした。
6時起床、まずは家の掃除から。長くて大きな廊下を全員で雑巾がけをする。摩擦で手が痛い。それが終わるとみんなで朝食を食べる。もちろんお残し禁止だ。その後は山道で走り込み、木登り、川渡りなんて忍者みたいな事をしている。お昼を食べたらまた同じ修行だ。これを夕方まで。その日はよく眠れた。それもそうだ。あんなに動いたのだから。
そしてまた朝がやってくる。この繰り返し。
1年経つ頃には雑巾がけはトップ5に入る速さになった。山道の走り込みだって息も上がらなくなった。木登りは余裕。まだ6歳で身軽な分他の人よりも速い。木と木の間を飛べるくらいの脚力もついた。川渡りなんて一瞬だ。
「お前は素質がある。期待している。」
棟梁に褒められると嬉しかった。
そんなこんなであっという間にまた4年が経った。私は10歳になっていた。この頃には「殺し屋」と呼ばれるものがなんなのか理解していた。私はなりたくなかった。
「私には出来ない。」
ある日棟梁に告げた。怒られると思っていた。もしかしたらもうこの世には…なんて事も考えていた。だが、棟梁から帰ってきた言葉はこうだった。
「少し修行は休め。ただ、今度は私と将棋をしよう。」
意外な答えだった。無論将棋をやった事は無い。
1から教えてもらった。その日から棟梁との将棋対決が始まった。当然ながら全然勝てない。容赦が無い。棟梁に負けると廊下の雑巾がけだ。だから最近は廊下がいつも以上に綺麗だ。この前凌也という弟子の1人が廊下で転んだ。滑ったらしい。「ののちゃんのせいじゃない」と笑ってくれたが申し訳なかった。
凌也が怪我で動けない間、棟梁に変わって将棋の相手をしてくれた。だが、これまた勝てない。雑巾がけは怪我人を増やしたくなかったのでやめた。変わりに山道の走り込みにした。久々のせいか息が上がる。焦りを感じる。今まで出来たことが出来なくなっている。自分に嫌気がさした。