待ち人
H県O市がずっと以前の、まだ現在の広さまで市町村合併によって広がる前の時代には、一つ峠を越えた先の隣の市に属する町と、さらに先の山を越えた場所にあるM郡までも繋ぐ鉄道が通っていた。
現在はとっくの昔に廃線となり、痕跡は殆どなく史跡として残されている事を知る者は、かつてその道を鉄道が走っていた事を知る者は、もう殆どいない。
そんな鉄道の駅に関する都市伝説。
僕が記憶する限りでは、地元出身の担任教師か?それともかなり昔の級友からか?
酷く曖昧で、記憶している内容が現在も誰かが口にしている話と同じなのか、は分からないが、僕はこう聞いている。
“かつてM郡へと続く長い長い上り坂の途中に、小さな駅があった。
その駅は現在も史跡として残されているのだけど、夕方より少し時間の過ぎた、夜と薄闇の中間の時間。茜色はもう顔を隠した時間になると、少女の下半身だけが跡地に現れる。その下半身が現れて少しすると、唐突に電車の走る音が聞こえ、トンネルに入り音が木霊して間もなく、ブレーキ音が響く”
と、いう内容。
現在は一つの市になったO市とM郡の間には山があり、長い長い登山道を通らねばいけないのだが、途中の、中腹よりもずっと手前の辺り、右手に小さなトンネルがある。
小さな、と評したがその近くにあるトンネルと比較すると小さなという話で、実際はそこそこの大きさなのだが、そのトンネルは鉄道の為に作られたトンネルで、今も残されている。
件のブレーキ音が響くトンネルとは、このトンネルの事。
そして噂話はこう続く。
“このトンネルは何度も封鎖しようという話があった、その駅の跡地も邪魔だから取り壊そうという話は何度もあった。しかし何故か、工事を始めようとすると不審な事故が相次いで中止になった。
実はかつて、どういう理由なのか分からないが、トンネルを少女が歩いていて、暗闇で気づくのに遅れ、電車に撥ねられてしまう。少女の上半身は見つかったが、下半身は見つからず、その後、少女の上半身は病院へ搬送されて間もなく死亡が確認される。
肝心の下半身は?
その後、件の駅で停車した折の衝撃で、ボトンと挟まっていた電車の底部から落ちて見つかる。
そしてその日から、下半身は自分の上半身が来るのを待つようになった”
話はここで締めくくり。
僕はこう聞いたが、実際の所は調べていないので本当にあった出来事なのか?
それともただの法螺話なのか?
実際に起こった別の事件を基に創作されたのか?
何より、今も語られているのか?
それに関しては、僕のあずかり知る事ではない。