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一番朝日 

掲載日:2019/01/24

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 ねえねえ、こーちゃん、聞いた? このあたりで、ヘビが出たっていう話。

 出てきたのが、何の変哲もない生け垣の下からっていうのが、また怖い。昔ながらの家じゃ、まだまだこの手の垣根で敷地を囲っているからね。そばを通りかかって、足をがぶり、とやられてからじゃ遅い。

 有毒は虫類というと、そのほとんどがヘビらしいんだよね。ヘビ全体だけでも、実に4分の1が毒持ちなのだとか。

 そして、日本で見受けられるものは、そのほとんどが足下におさまるほどのサイズしかない。頭上と足下って、物音がしない限り、普段はさほど気を留めない死角。そこから忍び寄るものを恐れたのは、昔の人も同じらしい。

 低い位置にあるもの。それを警戒していたお話があるんだけど、聞いてみないかい?


 堀に囲まれた、城下町の一角にある剣術道場。

 二十年ほど前に、大規模な火事があってより後。城勤めをしている師範が私財を投じて、新しく建て直したその道場では、人間同士が相対する稽古以外に、動物を用いるものが存在していたんだって。

 用いていたのは、毒も牙も抜かれて、調教されたヘビ。目の細かいカゴに入れられて閉じ込められた彼らとの相手は、かの道場において欠かさず実施する、稽古のひとつだったとか。

 稽古は一匹のヘビと、一人の剣士が組になって行う。剣士が籠から七尺(約210センチ)離れて竹刀を構え、ヘビの籠の脇には、その扉を開閉する係の者がつくんだ。


 合図と共に、籠の扉は開かれる。そのすき間から自由がのぞいたことを察するヘビは、身をくねらせながら、外へと飛び出すんだ。

 対する剣士は、地を這って迫ってくるそれを、竹刀で横になぎ払うことが求められる。ただし胴体ではなく、頭部のわずかな部分を払わなければ、成功とはみなされない。

 宙を飛ぶ矢に比べると、純粋な速さはだいぶ遅い。しかし、直進と蛇行と横ばいを織り交ぜて剣士へ近づいてくるそれは、狙いの定めづらさという点では、矢に勝ったという。

 ヘビは間合いに入ったふりをして、すぐに頭を引っ込めるような「引っ掛け」も多用するので、動体視力も剣の速さも、高度なものが求められた。

 そして、最初に立っていた位置よりも、ヘビに奥へ踏み込まれてしまった場合は失敗。

 籠係が持っている鈴を鳴らすと、ヘビは一目散に籠の近くまで戻ってきて、再度、行うという流れだった。

 師範いわく、「たとえ回数を重ねて及第しようとも、一回でも通したら、それは実質、永遠に失敗だ」とのこと。

 実際に、師範が皆に見せる手本は、ヘビが近づいてくるまで微動だにせず構えていて、間合いに相手が入るや、すでにヘビが宙へ飛んでいる、というものだった。

 目にも止まらない剣の振り。ヘビをいたずらに壁へ叩きつけることもしない。

 弱ったりケガさせたりして、調子を崩させないためだ。そして、師範は一同に告げるんだ。

「そんなことでは『一番朝日』に対抗できぬぞ、と」


 一番朝日は、その地域の伝承のひとつ。

 それによると、太陽というものは、常に神様が大きな力を持って動かしているものである。

 夜が明ける時、これまで夜が作っていた影の中を分け入っていくように陽の光が伸びてくるが、この夜を裂いていく行為は、神様が一日で、最も力を込める部分なのだ。

 時にその力加減を間違えた強い光が、地を走ることがあり、それはよからぬものどもにも活力を与えてしまう。ヘビのごときうねりと速さを持って、地表を這いずるそれは、その先端が捕らえたものを、ことごとく燃やしてしまうのだとか。

 地上を照らし、また侵しかねない、朝日の一番槍。ゆえに「一番朝日」と呼ばれている。

 かつてこの一帯が燃えてしまったのも、一番朝日が原因だと話す人がいたが、時間帯が昼近くだったことから、否定的な意見も根強かった。

 師範は一番朝日の仕業だと、頑なに考えていたらしい。


「奴らは一気に燃やさず、じょじょに熱を蓄えるすべを覚えたのだ。すぐに被害がないからといって、病巣を放っておけば取り返しがつかなくなろう。その予防のために、我らがいるのだ」


 そう語る師範は、空が晴れている日だと、まだ暗いうちから起き出して、手練れの弟子たちを引きつれ、堀の東側の端で、一番朝日を待ち受けていたんだ。

 このあたりは上から見ると、六角形をした堀の頂点部分にあたるのだが、木々や建物に圧迫されているわけでもないのに、外側へ張り出している。おかげで六角形としては、かなりいびつな形状となっていた。

 でも、一面の土ばかりが広がるその空間こそ、殿様が「一番朝日」の存在を警戒し、対処せんがために設けた場所であるという、裏付けとも思えたんだ。


 今回は師範を含めた経験者に混じって、新しくひとりが参加することになっていた。

 冬場の未明で、空気が冷え切っている。一同は身体がこわばりきらないように、盛んに声を出し、素振りや体操をすることで身体をほてらせ続けていた。

 彼らは、身体と得物以外の用意はしていない。たき火などの道具を持ってきて暖を取っても、曙の光がどのように這ってくるか分からない。もし、一番朝日がそれに触れてしまった場合、思いもよらぬ被害を出す恐れがあったためだ。

 余計なとばっちりを避ける。それはすなわち、当事者たる自分たちが、良くも悪くも事態を引き受けることになるということ。

 放り出すことは、許されない……。そう考えると、師範に続く二番手に位置する新入りは、いくら竹刀を振っても心の震えが収まらなかった。


「誤って、光を踏まないようにする。それさえ気をつければいい。捉えられずに触れそうになったら、飛び跳ねてでもかわせ」


 師範が指示を出す。新入りの後ろにも、それぞれの竹刀を振るうのに都合がいい間隔で、弟子が幾重にも配されており、文字通りの生け垣。


 ――駄目なものは、全部後ろに任す。余裕のあるものだけ抑えればいい。


 深呼吸して、軽く跳躍を二回。気持ちを落ち着かせる。

 やがて白い呼気に混じって、堀の向こうの山すそに、青がしみ出してくるのを、一同は確認していた。


 一番朝日は、日の出と共に訪れるもの。堀に囲まれて地平線が見えない以上、機は自分たちの目で測るよりない。

 すでに竹刀を抜き連れて、今か今かと待ち受ける剣士たち。その先頭、堀のすぐ近くに立っていた師範が「来たぞ!」と声を張り上げる。

 新入りは見る。ずっしりとたたずむ、しっくいの壁を持つ堀。そこの足元、地面と土台の境目、半紙一枚ほどのすき間から、師範から聞いていた通り、夜の海をかき分ける航跡たちが、すっと入り込んできた。


 光の筋は全部で五本。師範は足元に来た二本を、えぐるように砂利を飛ばして薙ぎ切った。「三本いったぞ!」と声が響く。

 新入りの元へ突っ込んでくる光たち。うち一本は衝突を嫌うように、脇へと逃げてしまい、もはや届かない。すぐに他の者が向かうのが見えた。

 残る二本のうち、一本は股の間、一本は右足をかすめるように、通り抜けていくはず。

 ただし、それはまっ直ぐ動いてくれたらの話。実際の光たちは、訓練で見せたヘビのように、進むかと思えば戻り、左右へ大きく振れたかと思えば、まっすぐにこちらを向いて加速し、急停止する。

 緩急に富んだその動きは、およそ真っすぐ差しこんでくるばかりの陽光に、できる業じゃない。

 師範との間隔、三間(約5.5メートル)あまりを目まぐるしく動き、かき乱そうとする二本の筋を見るうちに、新入りの精神は研ぎ澄まされていく。

 活発な光とは対照的に、下段に構えたままじっと待っていた彼は、そのまばゆい軌跡を目に刻んでいった。

 

 ――なら、こちらから誘う!

 

 ずっ、と音を立てて、一歩踏み込んだ。

 それを乱れと受け取ったか。曲がりくねった光が、針の穴を通した糸のようにピンと形を整え、猛然と突っ込んできたんだ。

 一閃。かすかに跳ねながら、地べたを削った新入りの竹刀は、外へと逃げようとした一本の頭を薙ぎ切っていた。光は途切れ、もう動かない。

 その時にはもう、残りの一本が当初の見立て通り、新入りの閉じた股の真下を通り抜けていたんだ。足をつけたまま対応していたら、間違いなく触れていた。

「一本、お願いします!」と、声を出しながら、地面に残る軌跡を避けるように降り立ち、新人の役目は終わる。


 それからほどなく、すべての筋を打ち漏らすことなく止められたことが報告される。

 さりとて、その場では喜びを露わにしない一同。あの先走ったあやかしではなく、暖かい陽の光が城下の闇を晴らしていく。それをこの場で見届けて、初めて一番朝日との戦いは「けり」がつくんだ。

 堀が、足元が、その背後の建物たちから失せていく、夜の名残。その姿に、自分たちの戦いが締めくくられたことを剣士たちは感じながらも、はるか後方、普段より仰ぎ見るばかりだった城の影が、つまびらかになっていく様を見届けていく。

 けれど――。


 陽光が完全に天守閣を照らし出した時、にわかにそこが火を噴き始めた。瞬く間に広がった炎は、上から順番に城の威容をなめていく。

 火事の鐘が打ち鳴らされ、火消したちが動き出す。当時は水より、壊して延焼を防ぐことが主流の消火活動。まだ無事な城郭へはしごが掛けられ、手にした鳶口とびぐちなどで、城がじょじょに砕かれていく。

 その間、剣士たちにできることはなかった。火事が起こっては、もはや自分たちの埒外。あたりを囲む野次馬たちと大差なく、苦々しげに惨状を眺めるよりなかった。

 師範も悔しそうに、うめく。


「きゃつらを侮っておったわ。防がんとする我々の注意を足元へ向け、その間に頭上を押さえて策を進める……そうして我らの注意が空へ向いた時、またきゃつらは地よりやってくるだろう」


 結局、上部およそ三分の一が焼けてしまった城郭は、修繕許可を得るのと、実際の修理、火事の際のがれきの撤去に、多大な時間と費用を要したという話だよ。

 



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― 新着の感想 ―
[良い点] くぅ〜!!!(*>_<*) 今日の話の構成すごく面白かったです! 目の前の戦いには勝利しましたが、相手の策が一枚上手だったのですね。 剣技の描写が本当に素晴らしいです! 冒頭、ヘビの話から…
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