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短編 コメディー

ダイエット魔法〜痩せるまで魔法と甘いものは禁止です!〜

 俺はリューロ。魔封じ士だ。魔法封じが使える……というのはこの世界において重宝される。その理由は簡単で、強大な存在である魔法使いに対抗できるからとか、魔法の力が備わった物を無力化できるからとか……とにかく色々ある。


 まあつまり、お給料がっぽがっぽの良い働き先に行けるし……要するに生きるのに困らないしモテるという事。


 ……全く、魔法封じを使えるようになるまでは苦労したぜ。こいつはとんでもなく難解な代物で、それこそ遊ぶ暇など無い。青春時代を全て捧げなければ身につかないのだ。金もコネも無い俺が成り上がりにはこれしか無い。


 学生時代、ぼっちで彼女も作らず勉学に全てを捧げてた過去を思い出すだけで涙が出てくるぜ……うぅ。あん? 中身がひん曲がってるからどちらにしろ彼女なんか出来ないしぼっちだろう? うるせぇバーカバーカ!


 ……はぁはぁ。まあ良い。とにかくこれまでの灰色の過去からはおさらば。バラ色の未来が俺を待っているのだ! 父ちゃん母ちゃん……苦労かけたね。美人なお嫁さん連れて帰るからよ。


 さてさて、とりあえずどんな仕事からしようか。先ずギルドに登録して……早速依頼があった。お、最初の依頼主は女じゃねえか。……もしかしたら美人の依頼主と……おっと、俺としたことが意地汚い。


 依頼主がどんな人であろうと、紳士的に対応しなければな。紳士に。


 待ち合わせ場所のカフェで俺は待つ。もうカフェで依頼の打ち合わせとかこれだけでオシャレだな……。思わず顔がニヤけるぜ。周りの人も何かちらちら見てるし、中身イケメンオーラが出てるのか? やっぱ魔封じが使えると違うな!


「すいません。貴方が魔封じ士ですか?」


 後ろから不意に声をかけられた。その瞬間確信したよ。この声は絶対可愛いか美人だ。俺くらいになれば声だけで顔面偏差値がわかるのさ。


「は、はい。リューロと申しま――」


 振り向くとそこには流れるようなプラチナブロンドの美しい髪。宝石のような碧眼を持つー―――。








 ――――巨体がいた。圧倒的な存在感を誇る巨漢。凄まじい圧力。おそらく横幅は俺の2倍はある。


「初めてまして。私、セレーナ・ドウァンクルと申します」


 ……セレーナ・ドウァンクル? なんか聞いたことあるような……あ。


「ド、ドウァンクルってあの大魔導士の?」


「そ、そんな大魔導士だなんて……」


 豚は顔を赤らめる。俺は恐怖に顔が青ざめる。聞いたことがある。凄まじい魔力と巨体を持つ大魔導士がいると。こ、こいつが噂の……。見るからに凄まじい威圧感だ。オーラが出てるぜ。いやなんか汗と湯気が出てるし……。


「ふぅふぅ……ちょっと暑いですね。飲み物飲んでいいですか?」


「は、はい」


 ちなみに今は秋である。若干寒いくらいだ。間違いなく暑いのはお前だけだろう。


「すいません。オレンジジュースをピッチャーで……あ、あとこのデラックスビックパフェとマジカルスーパーパフェを……」


 うーん、俺の幻聴だろうか。この席には2人しかいない。パーティの席ではないのだ。ジュースをピッチャーで頼む必要はないし、多人数で食べるパフェも必要ない。


 しかしながらそれは幻想では無く真実であった。


「んー、美味しい」


 山の様に運ばれてきたスイーツを口に運ぶドウァンクル。瞬く間にそれは減っていく。正にそれは神の御業であり圧巻であった。


「ふぅ、ご馳走さまでした。まあ八分目くらいかな」


 あっという間にスイーツの山は消え去り跡形も無くなった。八分目かなんかとか言っていたのは気のせいだと思いたい。


「あ、あの。ドウァンクルさん? それで、依頼とは?」


「あ、すいません……。セレーナで良いですよ。……とりあえず移動しますか」

 

「へ? ……う、うお?!」


 次の瞬間、俺の体は光に包まれカフェから消え去る。気がつくと見知らぬ森の中に居た。こ、これは転移魔法? 俺は驚愕する。これは転移魔法か? かなり高等な魔法な筈なのに、なんの予備動作も無く発動させるなんて普通は有り得ない。流石は大魔導士と言ったところか……。


「到着です。ようこそ我が家へ!」


 目の前の森がひらけた場所には一軒の家。ここはセレーナの家だろうか。セレーナに続き家の中に入る。中は流石、魔導士と言ったところか、様々な魔道具が並んでいた。


「今お茶を淹れますね」


 セレーナは指を鳴らすと、独りでに食器やテーブルが動き出しあっという間にティーセットが準備されていく。その場にメイドや執事がいるかの様である。


 ……簡単にやってるけど多数の物体を精密に浮遊制御とかヤバい。相当な使い手だ。


「……あ、またやってしまいました」


 すると途中でセレーナが罰の悪そうな顔をする。……どうしたのだろうか。


「どうぞ、おかけになって下さい」


「はい」


 俺はセレーナに促され席に着く。セレーナは紅茶にハチミツと砂糖を入れ啜っている。それくらいで俺は驚かない。


「それで……依頼とは?」


「……えっと」


 何故かセレーナは恥ずかしそうに顔を赤らめる。何でそんな反応をするんだ?


「あのですね……その……せる為に……」


「?」


 暫くセレーナはモジモジとしていたが、やがて意を決した様に――。








「わ、私を……私を痩せさせる為に魔封じをかけて下さい!!」


「………………はい?」


 何かの聞き間違いだろうか。痩せる為に魔封じをかけてほしい? 俺はその意味が咀嚼できず、呆気に取られる。だって魔封じと痩せる為の関連がよく分からない。


「その……私は太ってます……」


 そんな事言わんでも分かるわ。


「さっきもやってしまったのですが……ああ……ここに来る時の転移魔法もですね……。私は魔法を使って体を動かす事をサボってしまうのです」


「サボる?」


「つまり何処かに行く。お茶を用意する。これらの日常動作を魔法で行ってしまうクセがありまして……それが積み重なって肥満に繋がっていると思うのです」


 ……ああ、そういう事か。何事も魔法で済ませられるが故に体を動かす事を怠ってしまう。それで運動不足になっているのだろう。普通の魔導士なら日常動作にいちいち魔法なんか使っていたら魔力が切れてしまうが……そこは流石の大魔導士だ。セレーナにしか起こらない悩み事だろう。


「どうも私は魔法に頼る事が癖になっていまして……それを防ぐ為に私の魔法を封じてほしいのです。この見た目のせいで婚約しても破棄されて……うう」


「……成る程」


 最初は意味がわからなかったが合点がいった。


「期限は1年……長期間拘束させてしまいますが、報酬はこれくらい出します」


「え!?」


 それは見た事もない額であった。


「……」


 長期間拘束されるとはいえ、この報酬は法外だ。それにセレーナ程の大魔導士を魔封じするには並大抵ではいかないだろう。今後の修業にもなる。諸々の条件を考えると……。


「分かりました。依頼を受けましょう」


「ほ、ほんとですか! ありがとうございます!」


 ……ただ、言っておかなければならない事がある。


「ただ、条件があります」


「え?」


「――――甘い物は、禁止です」


「え。ぇぇえええええ?!」


 ……やっぱり分かっていなかった。





 ■ ■ ■ ■




 何はともあれセレーナのダイエット生活はスタートした。セレーナに魔封じをかけるのは苦労した。今まで修業で相手にした奴よりその魔力量は比べ物にならず規格外。三日三晩苦労しながらようやくかけ終えた。


 だが、これで仕事は終わりでは無い。セレーナの仕事中は一時的に魔封じを解く必要がある。一度かけたら解くのと再び封じるのは容易だからこれは問題ない。


 だが、何よりの問題は食生活である。



「せ、セレーナ!」


「ぎくっ」


 ふと目を離した隙にセレーナはアイスクリームを購入しようとしていた。俺は素早くそれを阻止する。


「甘い物は禁止って言ったじゃないですか!」


「う、うう……」


 隙あらばこうだ。セレーナの甘い物好きはもはや中毒レベルであり、事あるごとに食べようとする。今の体型の半分以上は食生活が原因なのだからこれは改めなければならない。


「……計測台が壊れたの忘れたんですか」


「う、うぐっ……わ、分かりました」


 酷だと思うがここを妥協したら痩せられない。俺もお金をもらっている以上妥協は出来ない。……何というか魔封じより食事制限を見張る方が苦労する。


 ただ完全に0にするのはキツイから。



「どうぞ。食べてみて下さい」


「……もぐもぐ。……っ! 美味しい!」


 セレーナは顔を綻ばせる。作ったのは俺が学生の時食べていた手作りのお菓子。糖質が少なく自然由来の甘さな為、ダイエットの息抜きにピッタリだと思ったからだ。


「リューロは凄いですね。こんなダイエットのスイーツまで知ってるなんて」


「……」


 これはダイエットスイーツでは無く、ただ金が無くて苦学生だった時に作った苦肉の貧乏スイーツである。口にすると思い出す。あの苦労の日々を。なんか涙出てきた。


「うっ……」


「な、何で泣いてるんですか?!」



 そうして俺はセレーナに付きっ切りでダイエットを進めていく。そんな日々を過ごしていた時にある事が起こった。





「ふぅ、そろそろ休憩しますか」


「は、はひぃ……」


 とある街の川沿いで俺とセレーナはランニングをしていた。ダイエットのカリキュラムに適度な運動を入れる事で効率的に痩せさせる事が狙いだ。


 森の中ばかりだと飽きてしまうので定期的に場所を変えて走っている。ダイエットしてる姿を見られるのは恥ずかしいとの事なので、見た目は魔法で変えてはいるが。


「……」


 ……ただ進捗具合は結構厳しい。様々方法を取り入れてはいるが、ここまで体重があると中々厳しい物がある。セレーナも最近は努力をしているのだが……うーん。


 それをセレーナも薄々分かっているのか……最近は暗い顔を浮かべる事が多い。どうにかしてあげたいものだが……。




「そろそろ行きますか」


 休憩も終わりそろそろ戻ろうか――その時であった。


「うわっ。すっげぇデブ」


 突如浴びせられる罵声。ふと見ると柄の悪そうな三人組がそこにいた。


「ありえねぇだろこんなに太るなんて。デブ過ぎで笑えるわ」


 ニヤニヤと笑いながらセレーナに罵声を浴びせる。元の姿だったら間違ってもそんな事は言われないが、今は変装していて大魔導士ドウァンクルと分かっていないのだろう。


 ……こういう手合いは相手をしても無駄だ。


「セレーナ、行きましょう」


「は、はい」


 俺はセレーナの手を引き三人組の横をすり抜けようとする。


「そんな汗だくでランニングでもしていたのか?」


「豚小屋にでも入れとけよ」


「そんなデブが痩せられるわけ無いだろ。そんな努力やるだけ無駄無駄」


「っ」


 ふと見るとセレーナは泣いていた。口をぎゅっと結び涙を流していた。それを見て――俺は体が勝手に動いた。


「ぐあっ!?」


 気づけば三人組の一人を殴っていた。拳がジンジンと熱い。


「な、何しやがる!」


「……無駄な努力なんて無い。取り消せ」


「何意味わかんねぇ事言ってんだ! やっちまえ!」


「り、リューロ!」


 三人組は一斉に俺へ襲いかかる。ちなみに得てして魔導士と言うのは肉弾戦は苦手である。特に俺は魔封じ特化なので基本的に他の魔法は使えない。つまりは――ボコボコである。


「なんだこいつ弱いぞ!」


 セレーナさんには魔封じをかけてしまっているので助けてもら得ない。つまり勝ち目の無いケンカだ。俺は一方的に殴られる。アホだな俺は……。だが程なくして……。


「あ、あそこです!」


「こら、貴様ら!」


「やべえ憲兵だ! ずらかれ!」


 ……助かった。どうやらセレーナが憲兵を連れてきてくれたそうだ。三人組は一斉に逃げ出す。……いてて。結構殴られたようだ。口の中は血の味がするし、体中が痛い。


「り、リューロ。だ、大丈夫ですか?!」


 セレーナは青ざめた顔で俺に駆け寄る。どうやら身勝手な事をして心配をかけてしまったようだ。だけど……どうしても我慢できなかった。


「せ、セレーナ。すいません……カッとなってしまいました」


「え?」


「努力が無駄なんて事、絶対無いですから」


 セレーナが否定された時、俺自身も否定された気がしたのだ。セレーナと共に進めてきたダイエットを否定された事。そしてセレーナの涙をみた時、体が勝手に動いた。


「セレーナは努力してます。だから……きっと痩せます。だから大丈夫です。俺も今以上にセレーナの為に頑張ります。だから泣かないで下さい」


「……リューロ」


 俺ははっきりと強い意思を持ってそう告げた。







 次の日からセレーナは目に見えるように変わっていった。今までも努力はしていたと思うが、何より進んで努力をするようになった。もはや魔封じ以外は俺無しでも進められるくらいに。


 やはり本人の行動と強い意思が1番結果に繋がりやすい。結局やるのは自分なのだから。正に血の滲むような努力。眼を見張るような減量をセレーナは続けて行く。そして。






 ――――依頼から一年後。



「……」


 体重計にセレーナはゆっくりと乗る。そして数値は――――目標を余裕で下回っていた。


「……やった」


「やったよ……」


 俺はセレーナと顔を見合わせる。信じられないと言った表情がやがて綻び――。


「「や、いやったあああああああああ!!」」


 俺とセレーナは歓喜で飛び跳ねる。ついに目標体重を達成したのだ。一年間の努力が報われた。こんなに嬉しい事は無い。


「やりましたよ、リューロ!」


「はい! 凄いですセレーナ!」


 もはや一年前の面影は微塵もない。余剰していた脂肪は無くなり、健康的な女性らしい身体つきに。何より、綺麗になった。元々顔立ちはかなり良かったのだろう。肥満によって隠されていたそれが、ダイエットにより開花した。


 くっきりとした目鼻立ちに美しい髪。それこそ街を歩けば誰もが振り向くような。前まで馬鹿にしていた男達は言葉も出ない様子であった。特に婚約破棄した連中は心底悔しそうであった。


 だが、無事に依頼達成だ。そして最後の日。



「あの……ですね。また依頼があるのですが」


「え?」


 何処か恥ずかしそうな様子でセレーナは言う。


「リバウンドって……あるじゃないですか」


「そう、ですね」


「その、私がリバウンドしないように……見張っていて欲しいのです」


「い、依頼ですか?」


「い、依頼……うん。それに私の為に怒ってくれたの……リューロが初めてだったから。あの時の言葉のおかげで私は……。だから……し、信頼出来るって意味だよ」

 

「そ、そうですか……」


「……だ、だから私と一緒にいて下さい」


「……喜んで」


 





 後世のとある文献には載っている。大魔導士ドウァンクルの伴侶は優れた魔封じ士だったと。

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― 新着の感想 ―
[一言] ざまあがどの辺にあったのかは分かりませんでしたが、ほのぼのして面白かったです。 でもここまでなる前に止めてくれる人は誰もいなかったのか…… 寂しさが太った要因の一つだったのかもしれませんね
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