大好きだから
「あれ?はなちゃん今日は髪おろしてるんだね。めずらしー」
「菫ちゃん。さっきちょっとゴム切れちゃってさ」
体育の授業からの帰り。
教室に戻り席につこうと歩いている途中。
声をかけられてくるりと振り返った花のふわふわな綺麗な髪が、ワンテンポ遅れて背中に舞った。
そしてえへへ、と控えめに。少し困ったふうに。
仲のいい友人に笑みを浮かべる私の大好きな親友を
机二つ分、斜め後ろの席からその様子を見ていた。
「私予備のヘアゴム持ってるからさ、これあげるよ」
「えっ いいの?なんかごめんね、ありがとう」
そうお礼を言って藤井さんからヘアゴムを渡されるのを花は大人しく待っていると、
「ねねっ はなちゃんの髪!私がしばってもいい?」
「えっ!?ちょっ 菫ちゃん」
あろうことか花の髪に触れ、結おうとしていた。
それを見て私は思わず、ガタリと席から立ち上がりそうになる。
───ッそれはいつも、私がしていることなのに…。
「私ずっとはなちゃんの髪しばってみたかったんだよね〜。ふわふわしてて可愛いし、あといい匂いする!」
「そっ そうなんだ」
急なことに驚いて、少し緊張している様子の花だったけれど。弾んだ声で楽しそうに結っている藤井さんの言葉を聞いて
照れくさそうに。けれど嬉しそうに微笑んでいた。
その表情をみて、私の胸は、ちくりと痛んだ。
それと同時に
心の奥底に、どろどろとした黒いナニカが
渦巻いた。
「──はいっ できた!上出来」
「あ、ありが」
「……あ いたいた。ちょっとぉすみれー、なんか先生呼んでるよ〜」
「えッ うそ!なにっ!?」
声が聞こえた廊下側の扉のほうを横目で見ると、そこには藤井さんとよく話している友達が手招きをしていた。
「ごめん はなちゃん、私ちょっと行ってくるね!あと、髪しばらせてくれてありがとねっ」
「あっ う、うん」
花は何か言いたげな表情をしていたけれど、あたふたしながら急いで行ってしまった友人の後ろ姿を
「あぁ〜…」という感じで眺めていた。
たぶん、花のことだ。ちゃんとお礼が言えなかったんだろう。──…でも、
「……行っちゃった」
その場に取り残されてぽかんとしている花のもとへ
……なんてこと、してくれたんだ。
ふつふつと沸き起こる感情を抑えながら、私は席をたつ。
「……はな。」
「あっ 優衣ちゃ」
「なにしてるの」
ぱっと嬉しそうに顔を上げた花に対して、自分でも驚くほどの不機嫌な声。
花の前に立ち、私より頭一つ分低い彼女を見下ろした。
「……え と、?」
私の態度に一瞬目を見張らせて、そのあとすぐに困惑の色が現れた。
どうしたの?と心配そうに。
何かあったの?と不安げに。私を見つめる。
「……優衣、ちゃん?」
そんな目で、私をみるな。
花のせいで、こうなったのに。
ぎゅっと拳に力を入れて、気づかれない程度に息をはく。
──…だって、だってあれは、
あれは私がすることなのに…なに勝手にやらせてるの。
誰にでも照れくさそうに、嬉しそうに笑わないでよ。
あぁやって簡単に 触らせないでよ。
私以外の人間と──…
「───楽しそうに話さないでくれる」
酷く 落ち着いた感じで
けれど怒りと苛立ちを含んだ声で。
きれいに結われた髪をすくうと
耳元に唇を寄せて囁いた。
「──…むかつくからさ」
『私』がいるでしょ。