094.山奥の村の微妙な事情
「親方、戻りましたー」
石と木でできた工房。裏からかん、かんと金属を叩く音が響く。玄関先には木を削り、ディフォルメされた剣の形をかたどった『ガイザス工房』の看板がぶら下がっている。
その下をくぐってドートンさんが、奥に声をかけた。よく見ると工房の看板は木製だけど、それをぶら下げてる金具やフックは細かい細工のある金属製だ。ここか奥さんとこで作ったな、これ。
「おう。ちゃんともらってきたか?」
「もちろんっす。これですよね」
「ん、間違いない。よくやった」
出てきたガイザスさんに、ドートンさんが箱を渡す。中身を確認して、ガイザスさんは満足そうに頷いた。
と、そのガイザスさん越しにいつも見る顔が見えた。ファルンだ。
「コータちゃん。皆さんも」
「ドートンさんが帰ってくるついでって、連れてきてくれました」
「こちらへの道が分かりませんので、助かりましたよ」
「まあまあ」
俺とカーライルの言葉を聞いた後、ファルンは営業スマイルで「それはありがとうございます」とドートンさんにお礼を言った。
なんとなく、同じ笑顔でも本音か営業かって分かるんだな。
「あ、いやあ……ほんと、ついでなんで」
だけどドートンさんには分からなかったようで、耳と尻尾をぱたぱたしながらもごもご言っている。ああ、これ照れてるんだな。照れる猫って、なにげに可愛いな。ああ、喉ごろごろやりたい。やるかどうかは知らないけれど。
「ドートン、しばらくお客人のお相手頼むぞ。わしはもう少し詰めたいところがあるからな」
「りょー、かいです」
ファルンと入れ替わりに奥に戻るガイザスさんを見送りながら、やっぱり「かい」までちゃんと言うようになったドートンさんである。よほど奥さんに叱られたのが効いてるらしいなあ。
ま、それはそれとして。
「あ。コータちゃま、ミンミカ、カーライルさん。ちゃんとこれたですかー」
「ねこさんが、つれてきてくれたですー」
ウサギ兄妹は相変わらず過ぎてもう、突っ込むのが面倒くさい。「猫さんいうなよ……」と苦笑してるドートンさんの顔、もとに戻ってるな。
「ドンガタは人多いっすからね。迷子がたまに出るんで、案内できるならしたほうがいいんすよ」
「……でも、村なんですね」
そのドートンさんの言うことは、たしかに分かる。やたら人、だの獣人だの鳥人だの多いしな。山の中だから魚人がいないのはよく分かる。
あれ、でも地人族、そんなに多くなかった気がするけど。
「住んでる数が少ないんですよ。地人族はだいたいここの住民ですけど、それ以外の種族はほとんど旅人っす」
オレは数少ない例外ですけど、と説明ゼリフの後ろにドートンさんは付け加えた。観光地でもないのに、それだけ旅人が多いのは……やっぱり武器作ってるところだから、か。
そこら辺を聞いてみると、ドートンさんが頷いた。
「こちらのお姉さんみたいな修行中の僧侶さんとか、武器を買いに来る人とか。商人が買い付けに来ることもありますね」
「ここで買って、別の場所で売るんですね」
「そうすると少し割高になると思いますけど、でもこちらまで来るよりは手軽に買ってもらえますしね」
カーライル、感心したように頷いてる。……本当は商人さんとか、そういう方に行きたかったのかな、こいつ。
それはそれとして、ドンガタの村に住んでる地人族の人たち、あんまり外には出ないのかね。ミンミカの故郷のそばに住んでた地人族は、そこで鉱石を掘るのが仕事だったけど……自分たちで運ぶよりも、運搬業者とか挟んだほうが楽なのかな。
「まあ、あんまり無茶な注文されると衛兵にご注進なんですけどね」
「無茶な注文とは、どのようなものなんですか?」
「一ヶ月で剣五百本、質もそれなりに揃えろとか。あと、関係者でもないのに衛兵や各地の軍の装備に似せて作れ、なんてのは速攻報告ですね」
「ああ」
眉をひそめたカーライルの質問への答えに、いやさすがにそりゃないわー、と俺も思った。
都会からあちこちに分散注文して合計五百、ならともかくなあ。あと、何に使うかもわかったもんじゃないな。
それと、関係者じゃないやつがよその装備に似せて作れ……なんて絶対おかしいだろ。該当勢力に潜入したいスパイとか、そこら辺の危なっかしい連中だろうな。多分。
「でも、そんなおまぬけなちゅうもん、くるんですか?」
「これがたまに来るんですよねー。山奥だからって、こっちが何も知らないとでも思ってるんじゃないかな」
ミンミカですら間抜けな注文、だって分かるのになあ。
大丈夫かそいつら、いや俺が心配する必要はまったくないんだけどさ。




