089.目当てが自分でやってきた
「またやっとるんか、お前さんは」
怒鳴ってるわけじゃないんだけど、ひどくはっきりと聞こえる声におっさんの動きが止まった。ぎぎぎ、と壊れたおもちゃのロボみたいにゆっくりと首を回し、声のした方……カーライルの斜め後ろに視線をやる。
「その姐さんに潰された方が、世のため人のためじゃな」
ドワーフ、じゃねえ、地人族のおっさんがそこにいた。薄汚れたキャップとオーバーオール、シャツは袖をまくりあげている。緑がかったグレーの短髪はぼさぼさで、ああ分かりやすく職人さんだなあと思えた。
「う、うっせえよジジイ。だいたい、この嬢ちゃんたちはおまえさんに関係ないだろうが」
「ドンガタに来た時点で、その皆さんはわしらの客じゃ。うちの店でも言ったが、客に手をかけようとするお前さんはわしらの敵、じゃの」
ベタベタな逆ギレの仕方をしたおっさん対、ベタベタな喋り方をする地人族のおっさん。周囲の視線がどちらに味方してるかなんて、考えなくても分かる。
「何なら、試し切りに使ってやってもいいが」
「試し切り?」
いやシーラ、反応するのはそこかよ。
……まあ、試し切りなんて言葉が使われてるってことはこの地人族のおっさん、剣作ってるっぽいけどさ。
「何、案ずるでない。綺麗に切れれば、苦しまんぞ」
「っぐ」
危ない方のおっさん、さすがに逃げの態勢に入った。途端、人がざっと割れて道ができる。まあ、外見ロリっ子に手を出そうとした変態親父に触られたくはないわなあ、みんな。
「覚えてろよお!」
「お前さんこそ、いい加減に覚えろ。あと、衛兵は呼んであるぞ」
「それを早く言ええええええ!」
『不審者確保おおおお!』
こっちでもお約束なのか、分かりやすい捨てぜりふを残して逃げようとした危ないおっさん。彼に向かって、金属兜と鎧で武装した地人族がわっと群がった。
武器の村の衛兵は、それなりにしっかりした装備じゃないと危ないってことか。おっさん、エコーかかった叫び声とともに衛兵軍団の中に消えていった。ご愁傷様。
「やれやれ。ドンガタで悪さをしようとは、いつでもどこでも馬鹿はおるもんじゃな」
衛兵たちと、あとロープでぐるぐる巻きにされて担ぎ上げられた変態親父が退場していくのを見送りつつ、地人族のおっさんは呆れたように顎を撫でた。そういや、ひげないんだな。ドワーフっぽいからひげあるもんだ、と勝手に思ってたけど。
ともかく、助かったのだからお礼はきちんと言わないと。
「あの、助けてくれてありがとうございます」
「おお、気にせんでいいぞ。ありゃあ、ちょいと前にうちの嫁にちょっかい出して叩き出したやつじゃからね」
「おくさん、いるんですか」
「娘と息子もおるよ。ただ、うちの嫁はなかなか若く見えてなあ」
ミンミカ、突っ込むところはそこじゃない。ただ、あの外見ロリっ子に声かけてきたおっさんがちょっかい出したこのおっさんの嫁、ちょっと見てみたい気もする。
「す、すみません」
そこへ、シーラを先頭にうちの連中がぞろぞろやってきた。まあ、結局こうなるな。いやごめん。
それはまあ、無事で終わったから良いとして。シーラが僅かに緊張しつつ、地人族のおっさんに声をかけた。
「試し切り、とおっしゃったようですが、よもや剣を打っておられる方でしょうか」
「うむ。剣を専門に造っておる、ガイザスというもんじゃ」
「ガイザス殿、ですね。自分はシーラと申します」
ガイザスさん、というらしいおっさんに、シーラは頭を下げて名乗る。この反応、珍しいな。
なんて思ってたらガイザスさんは、シーラの出で立ちを確認して目を細めた。
「姐さんこそ、剣を振るっておるようじゃね。まあ、あのような阿呆には剣を使うとかわいそうじゃな、剣が」
「その剣について、ご相談なのですが」
シーラ、今度はワクワクした感じになった。背中の羽がぱたぱた動いてるのに気がついて、ファルンが楽しそうに頬に手を当てて笑う。
「……あらまあ」
「製作者に直接当たれるなら、それが一番いいやな」
「そうですね。少し値が張るかも知れませんが、そのかわり良いものが見つかる可能性は高いです」
「シーラさま、いいひとみつけましたね」
「みつけちゃいました、ねー」
カーライルも感心してるし、アムレクは単純に嬉しそうだ。ミンミカも同じく。
まあ、俺としても配下に良いもん持たせてやれるなら、それが一番だよね。




