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085.番外1:神都サブラナ最奥部

 この世界で見ることのできる地図の、必ず中央に描かれている場所がある。

 神都サブラナ。マール教の聖地であり、世界の中心でもある都だ。

 その都には、全世界のマール教信者の頂点に立つ教主がおわす聖教会が存在している。かつて邪神アルニムア・マーダを下し世界の神として君臨することとなったサブラナ・マール、その存在を永遠に崇めるための教会である。


「本日の書類でございます。お目を通しくださいませ」

「ああ。いつも済まないね」

「いえ」


 聖教会の最奥部、教主の執務室に入ることができるのは教主自身と、彼が認めた僧侶のみとされている。

 肉感的な魅力を持つその僧侶はつまり、認められた存在なのであろう。彼女は、外見上は五十代前後に見える教主のもとに数十枚の書類を持ち込んだ。

 うやうやしく捧げられたその紙の束を、教主は何でもないもののように受け取る。ただの書類なのだから、教主の扱い方のほうが自然なのだが。

 濃い色のインクを付けたペンでサインを入れていきながら、世界で唯一人教主と呼ばれる男は自身が認めた僧侶に向けて、『お願い』の言葉を発した。


「何か、面白い話をしてくれないかな。書類にサインをするばかりで、なかなか気が滅入るからね」

「面白い話、でございますか。そうですね……」


 『お願い』のかたちを取ってはいるが、それは僧侶にとっては命令に等しい。そして、その命令を遂行できる状況でなければ彼は『お願い』をすることはない。

 故に僧侶は、少しだけ考え込んだ。そうしてふと耳にした話を、ついと口にする。


「ああ。そういえば、先日修行の旅に出立した僧侶がいるのですが」

「それは普通だねえ」


 マール教の僧侶が、上を目指すために世界を回って見聞を広め、自らの糧とする修行の旅。それを望み出立する僧侶は、多いわけではないが常に数十名が世界を動いている、と言ってもいいだろう。故に、それ自体は普通のことである。

 だが、僧侶がそのことをあげたからには教主にとって『面白い』話であるはずだ。


「僧侶自身は。ただ、同行者が少々面白いかと」

「ほう」


 本当に面白い同行者なのかどうか、教主は更にペンを動かしながら先を促す。自分がサインを入れる書類は既に内容が決定したものであり、マール教の長として最後のひと押しをするだけでしかない。


「村で雇っていた鳥人の剣士と、邪教の生贄として捕らえられていた青年と獣人の子供だそうですわ」

「ふむ?」


 そのペン先が、ピタリと止まった。

 僧侶が修行の旅に出る際、同行者を付けることはおかしくないし普通は数名連れ立っての旅路となる。護衛役として剣士を連れて行くのも当然のことであるし、他にも修行を望む民と共に旅するのもまた。

 ただ、『邪教の生贄』という言葉が教主の耳に引っかかったのだが。


「マーダ教め、何をやっても無駄だと分かっているだろうに」


 ボソリ、と口の中だけで吐き捨てる。

 主神を失った邪教の信者たちが無辜の民を生贄に捧げ、神や神の配下たちの復活を願うという事件は少なからず起きている。

 そのほとんどは敬虔なるサブラナ・マール神の信者によって未遂で終わり、うかつにも民が犠牲になったことはあっても神が戻ってくることはなかった。

 それらの事件が、民に広く知れることはない。愚かな邪教の信者が捕らえられ、極刑に処されることはあってもその理由が表沙汰になることは、ほとんどないのだ。

 そんな世界で、どうやら救出された生贄を友として旅をする僧侶がいるという。さらに、と僧侶は続ける。


「途中で獣人の兄妹を同行者に加えた、という申請がこの間来ておりました」

「まあ、出だしで同行者が増えるパターンはままあるからね。で、どこから出立した誰さんかな」

「出立申請はナーリアの村。申請者はファルン、となっておりますわね」

「ナーリアの村、か」


 神都サブラナを中心とした世界地図では、ほんの隅っこに記される小さな小さな村の名前だ。教主も、なんとなくそんな名前があったな、と思い出しながら壁にかけられている地図に目をやる。


「田舎だね。確か、近くに禁足地があったんじゃなかったっけ」

「山奥ですわね。禁足地と言いましても、失伝した地ですから大したことはないかと」


 教主の記憶に引っかかっていたのは、どうやら村近くの伝承のない禁足地らしい。それを思い出して、彼は深く頷いた。


「ありがとう。なかなか興味深かった」

「そうおっしゃっていただけて、光栄です」


 仕える主の満足げな言葉を耳にして、僧侶はほっとしたように頭を垂れる。ぎゅう、と自ら掴んだ左の胸の下で、心臓がどくんどくんと激しく鼓動を打っていた。

 そうして、その鼓動が更に激しくなる言葉を、教主は口にした。


「礼に、今宵は床を共にすることを許す。身支度をしておいで」

「は、はい! ありがたき幸せにございます!」


 とたん、僧侶の顔が赤く染まった。うっとりと濁った両の瞳を細め、もう一度頭を下げて彼女は、そそくさと執務室を後にする。


「……しばらくは放っておいてやるか」


 自分と同じように細められた教主の瞳が、自分とは違うどす黒い色に染まっていることには全く気づかずに。

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