075.いただきましたらよし来たぞ
「まったく……サブラナ・マール様にもコータ様にも失礼ですわ」
「ファルン」
レイダをノックアウトした蛸壺、それを手にしていたのはファルンだった。両手で抱えて思いっきり振り下ろしたらしい。
それでも生きてるのがすごいな、タコ。多分、肉体構造もちゃんとタコなんだろう。ということは、イカ男もイカなのか、甲あるのか。
ま、レイダは生きてるからいいので、ひとまずファルンが先だ。
「大丈夫なのか?」
「はい。わたくしも、他に三名ほど僧侶がおりましたがそちらも大丈夫ですわ。シーラが暴れた音で、儀式とやらどころではなくなりましたから」
「コータ様の命を果たすためには、まず部屋から出ないといけなかったからな」
ファルンは相変わらずのおっとり口調で、特にまだ何もなかったのかなとは思う。ふん、と鼻息荒くシーラが言葉を続けたのに苦笑してるしな。
確かに、いきなり壁ぶち破る音が聞こえたら儀式どころじゃないよな。何か、タコとイカの仲間たちもおつかれさんだ。
「さて」
そうなると、このタコ女ことレイダの方。にゅる、にゅると髪に混じってるタコ足やら下半身やらが動き始めてるから、気がついてるのかな。もっとも、逃しはしないけれど。
「女性陣でちょっと捕まえとけ。試したいことがある」
「承知しました」
「うわあ、べたべたー」
「ミンミカさん、後でお風呂に入りましょうね。お風呂屋さん、ありますから」
「はーい」
俺の指示で、わっと女の子たちがタコ女に群がった。シーラが起こして羽交い締めにし、ミンミカが腕を、ファルンが足をしっかりと掴む。うにゅるん、とタコ足が動いたけれど、まだ起きてはいなかった。ふう。
ところで、タコやイカやその他魚人たちは風呂って入るんだろうか。水浴びかな。いや、今は関係ないな。
「あと、そのイカ男やシーラに潰された連中は表にでも適当に捨てとけ。そのうち衛兵が拾いに来るだろうから、外の警戒も頼む」
「分かりました。アムレク、手伝え」
「りょうかいですー」
さっきの大騒ぎで人が来ることを考えて、撒き餌代わりにズノッブやその他の連中を外に放り出してもらう。増援が来るまで時間がかかるだろうから、その前に片付くはずだ。頼むぞ、カーライル、アムレク。
さて。
「起きろ、レイダ」
ぺちぺち、と頬を叩く。おお、確かに茹でてないタコの感触だ。軽くへばりついてくるのは、まあしょうがないな。
「……はぇ?」
何度か叩いていると、さすがに目が覚めたようだ。そうして、レイダはぼんやりとしたまま自分の周りを見渡して。
「ちょ、ちょっと何だい、この状況は」
「この場は自分が制圧した。捕虜や僧侶たちは既に解放され、ズノッブや仲間たちも抵抗の意思は失っている」
背後からシーラの声が聞こえてくるのに、レイダの顔がひきつった。いや、いくらタコでもこの状況、即座に逃げられるとは思ってないよな。
そうしてファルンが、楽しそうに俺を促した。
「さて。コータ様、どうぞ」
「おっけー。ではいただきます」
「んむっ」
レイダが状況を完全に理解する前に、俺はレイダの唇を吸う。あー、やっぱりタコの刺身っぽい感触と味だな。噛んでないけど。
で、ひとつ吸ってみると……お、あった。シーラのときと同じもったりした感覚……というか、シーラのよりしっかりしたもんが入ってるな、これ。どっちかというとゼリーっぽい感じ。
「んぐっ」
ゼリーなら噛みやすくて助かるので、しっかりと噛んでそのまま引きずり出す。
ずるり、という感触で出てきたのは五十センチくらいの、やっぱり綿菓子ちっくな白い煙だった。タコ女の中に入ってたせいか、タコ足みたくぬるんぬるんと動いている。気持ち悪い。
「わあ、へんなのー」
「シーラ、潰せ」
「はっ!」
うんミンミカ、一言で言うと変なの、だよなこれ。即座に床に放り出し、シーラに声をかけると彼女はレイダから離れ、その変なのを踏み潰した。ついでにぐりぐりぐり、と踏みにじる足の下で、やっぱり以前のように白い煙は煙になって消えていった。
さて、このあとだ。ぼんやりとして、明後日の方向に視線向けてるレイダの、本性。
「ミンミカ、ファルン、離れろ」
「はい。ミンミカさんも」
「はあい」
ファルンは前、シーラの時見てるから多分今回もなにかある、とわかったんだろう。いそいそと、ミンミカの手を取ってレイダから離れる。
「あー……あ、あああっ」
その俺たちの目の前で、レイダの全身がびくんびくんとはねた。生ダコっぽかった肌の色に熱が入り、でもゆでダコにはならずに透き通った感じの赤が濃くなる。髪の色も似たような赤だったんだけど、その長さがどっと伸びた。全体的に伸びたせいか、片方の目が隠れる。
ばつん、ばつんと音がして、着ていた服がちぎれる。おっぱいが大変大きくなって、下半身のタコ足が増えて。
「我が名はネレイデシア、海王なり……我を目覚めさせたは、誰ぞ」
金色の、瞳孔が横に伸びたような目をくわりと見開いて、彼女は自身の名を口にした。




