069.面倒事は路地裏で
「では、しばらくこの街におられるのですね」
「ええ。聖なる床の他にも、いろいろなところを見て回りたいですから」
「ぜひ、街をたっぷり堪能してくださいませ。それと……できれば、姉の話を伺いたいですわ」
「もちろん、喜んで」
こんな感じで、ファルンとカロリナの会話は終了した。ブランナの話をするときにでも、ゴチになることにするかなあ。
玄関先まで見送りに出てくれたカロリナに手を振り返しながら、俺たちは教会を出る。あ、視線来た。律儀に待ってたのかよ、お前ら。
人の多い観光地に来てどきどきしてるロリっ子のふりをしながら、周囲を見渡してみた。
おお、噴水の向こうをそそくさと離れていく二人組見っけ。視線の主はあれで間違いないな。
「シーラ」
「確認しました。イカとタコです」
「魚人か」
こういうときはシーラに振ると、だいたい欲しかった情報が来てくれるのでありがたい。しかし、イカとタコて……焼いて食ったら美味そうだな。いや、さすがに魚人だと食わないけども。
「それでコータちゃま、どこいきますか?」
「そうだなあ」
俺とシーラの会話を理解してるのかどうかはともかく、ミンミカがそう尋ねてくる。
確かに、教会前の広場でぼさっと突っ立ってるわけにはいかないよな。あと、こんなところで騒ぎを起こされても……エンデバルの繰り返しになるだけだろうけど、めんどくさいし。
「じゃあ、宿に戻ると見せかけて人の少ない方に行こう。関係ないやつを巻き込むのは面倒だし」
「そうですわねえ」
「人の目がないほうが、皆動きやすいかと」
俺の提案にファルンと、そしてカーライルが賛成してくれた。シーラはどこででも殺る気満々だし、いいんだけど。
「きょうかいは、だいじょうぶなのですか?」
「エンデバルの騒ぎは、もうこっちにも情報として入ってるはずだろ。だったら、教会の警戒が厳しくなってるって連中も考えるさ」
「なら、だいじょうぶですね」
アムレクが教会を心配する気持ちはわかる。エンデバルで、助けてもらったもんな。
てか、こちらとしてはうっかりマール教の教会巻き込んで俺たちがマーダ教系ってバレたら嫌だなあ、てのもあるんだけどさ。
どっちにしろ、周りにいる人は少ないほうが良い。それには、人を巻き込みたくないのとは別の理由もある。
「そういえば、観光客の中にちらほら衛兵がいましたね」
「普段からそうなのかもしれないけどな。何しろ観光客が多い」
「聖なる床なんて、それこそ狙い目ですものね」
ま、そういうことだ。カーライルは俺のお守り役みたいな感じでいつも周囲に気を張っているし、シーラはある意味ガチでお守り役だし。ファルンもそこら辺、注意は怠らない性格だ。
エンデバルの騒動は俺たちが第一発見者で、基本的にはガゼルさんや衛兵さんたちに任せてた。シーラは助太刀で敵斬っただけだし。
でも、今回は狙われてるっぽいのがファルンとはいえ俺たちが当事者になる可能性が高い。そこに、マール教寄りの人々を近づけて俺が邪神だってバレたら……マジでめんどくさいことになるのは目に見えてる、からな。
そんな感じで俺たちは、大通りから一つ奥まった通りに進んでいった。裏通り、なんだけど地味にお土産屋さんとかいろいろあって、観光客が入り込んでもおかしくない場所ではある。
ただ。
「……ん」
「へんなにおい、するです」
「さっきのうみにちかい、でもへんなにおいです」
ミンミカとアムレクが言う通り、何というか、生臭い。
海のそばだからというのじゃなくて、生魚の内臓とか捨てた感じのあの生臭さ。一応イワシの手開きとかしたことはあるから、分かる。手を洗うのにハンドソープじゃ匂いが取れなくて、ステンレスで取れると知った時のあの感動ったらなかったよ。
俺の過去の経験は置いといて。
「カーライル、コータちゃんから離れるな」
「分かっています」
「ファルンはウサギたちと一緒に」
「ええ」
シーラが小声で指示を飛ばす。ファルンが狙われてるのに、何でウサギ兄妹と一緒なんだろうと思った、その時。
「んっ!?」
「コータ様っ」
上から何かが降ってきた。それに覆われるより早く、カーライルが俺に覆いかぶさる。おかげで、俺はもろにそれをかぶらなくて済んだ。
「カーライル?」
「粘液です。大丈夫」
ううむ、イケメンボイスが近い。これで俺がちゃんと中身女の子だったらドキドキするんだろうな、と一瞬だけ突拍子もないことを考えた。いやまあ、カーライルのおかげで視界がかなり暗く……あ、いや、カーライルの背中から垂れてきてる粘液のせいもあるのか。
「コータちゃま!」
「コータ様! カーライル!」
俺を呼ぶ配下たちの声、くぐもって聞こえる。水の中で、音を聞いているような。
つかくそ生臭いぞこんちくしょうふざけんなー!




