058.今いる街か、修行へか
さて。
あのドタバタがあった後、俺たちはのんびりと五日ほどエンデバルの街を堪能している。
もちろん、アムレクの事情聴取があって街を離れられないからだけど。
「こんにちはー。アムレクさん、お連れしたっすよ」
「ただいまもどりましたー」
「お帰りなさい、アムレクさん」
で、すっかり俺たち担当になってしまったガゼルさんが、今日もアムレクを連れてきてくれた。今は俺とファルン以外が外出中なので、地味に部屋広いな。
でも今日は、ガゼルさんもアムレクも何か嬉しそうな顔をしている。その理由はすぐにわかったけど。
「一応、今日で聴取の方は終了っす。アムレクさんは僧侶様のお手伝いをしてただけで悪意はない、と認定されたっすよ。よかったっすね」
「アムレクお兄ちゃん、よかったですね」
「ええ、よかったです」
ガゼルさんがいるのでロリっ子演技。街堪能中に新しい服を買ってもらって、シンプルなワンピースにボレロというちょっぴりお嬢ちゃんっぽい感じになっている俺。でも尻尾穴がちゃんとあるのはすごいな、獣人が当たり前にいる世界って。
まあそれはいいんだ、俺の格好は。まずはアムレクについて、だな。
世界中のマーダ教信者、うまいこと隠れてるもんだと感心したよ。表向きはちゃんとしたマール教信者として、どこから見ても何の問題もない生活を送ってるんだもんな。
つか、俺信仰してるだけでぎゃーすか文句言うだけじゃなく武力鎮圧に来るマール教もどうかと思うんだが、なあ。
「それで、アムレクさん。これからどうするっすか?」
「どうするって」
「今後の身の振り方、っす」
ガゼルさんもアムレクについては気にしてるようで、そこら辺はありがたい。
「みのふりかた、ですか」
「この街で暮らすのが一番手っ取り早いっすけど、他にもあるっすからね」
ちらりとこちらに視線を向けたガゼルさんの意図を理解できないほど、俺たちも馬鹿じゃないからな。例によって頼むぞ、ファルン。
「教会で手続きをすれば、わたくしやミンミカさんたちと一緒に修行の旅に出られるんですのよ。わたくしは賛成ですし、同行者の中にも反対する者はおりませんわ」
実はそうなんだよね。俺たちと一緒に行く、って手がある。
ミンミカは探してた兄貴だから当然一緒に行くものと決めつけてるし、カーライルにとっては同性の同行者ってことで気を許せるだろうし、シーラは……あんまり興味なさそうだな。俺が許せば許してくれる気がする。
で、俺はもちろん賛成だ。一人でも仲間が増えるのは嬉しいし、あとこの気弱ウサギほっとくのも何だしなあ。
「……」
「もちろん、ゆっくり考えてくださって構わないんですよ。アムレクさん」
「……いや、きまって、ます」
ファルンの気遣うような言葉に、ここははっきりと答えてくれた。よしよしアムレク、お前そういうところあるんなら大丈夫だな。
「たび、いっしょ、いきたいです」
「ありがとうございます」
「了解っす。その方がいいっすね」
アムレクの決意にファルンは喜んで、……ガゼルさんが何か「だよなー」って感じの表情になった。え、何でだ?
「エンデバル、旅行者にはいいんすけど、獣人が住むにはちょっときついんすよ。仕事先そんなにないっすし、あってもきついのばっかりっす。墓守とか」
「ああ。だからぼく、おなかすいてひっくりかえっちゃったんだ。おしごと、なかったから」
「えー」
マジか。全力で外面のいい街なのか、ここは。
てか、そういえば墓守さん、ネズミ獣人だって言ってたっけな。要は、そういう仕事にしかつけないのか。この街は。
なんてこったい……と思ってたら、ふいにガゼルさんが俺の目の前でしゃがんだ。で、自分の頭をとんとんと突く。
「触ってみてくださいっす。これ、他の人には内緒っすよ」
「え、うん」
触れって言われたから、そっと両手でガゼルさんの頭を包み込むように触ってみる……あれ。
髪の中に、なんか出っ張りというか………………角?
「……獣人、さん?」
「レイヨウっす。母ちゃんがそうだったんで、混血っすけど」
俺みたいに表に出てくるほどの大きさには伸びない、小さな角。そんなものを持っているこの人は、へらへらと笑いながら言葉を続けた。
「よその街で生まれてこっちに来たんすけどね。角、このくらいにしか伸びないんで、隊長以外にはほとんどバレてねっす」
「まあ……」
ファルンが目を見開いている。アムレクも、垂れ耳ふるふるさせながらホントかよ、という顔で。
衛兵には人間しかなれないわけでもないだろうけど、でもガゼルさんが角を隠しているってことは、獣人だといろいろあるってことだろう。あの隊長さんは、それを知ってて隠してくれてるってことか。
「だから、アムレクさん。この街出て、修行の旅についてった方が絶対マシっす」
「……ありがと、です。ガゼルさん」
アムレクの御礼の言葉は、どこらへんに対してのものだったんだろうか。




