051.墓場の穴にあったもの
「獣人でもね、種族によって扱いが違うことなんて結構あるんす。墓守はネズミの獣人で、結局俺らは名前すら知らなかったっす」
うちの爺ちゃんや親父も世話になったのになあ、とぼそりと呟いて、ガゼルさんは木に向かって祈りを捧げた。ファルンも、そして俺たちも彼に倣ってそれぞれに冥福を祈った。……この場合は、次の人生での幸せを、かな。
てか、やっぱりそういう差別あるんだ。残ってる、といったほうがいいのか。
何言ったらいいのかちょっと困ってたら、ガゼルさんはにっと元の笑顔に戻って明るい口調で話しかけてくれた。多分、わざと。
「僧侶さんの修行に同行してるんなら、お嬢ちゃんや姉さんたちはあんまり不快な思いすることはないっすね」
「まあ、そうなんですか?」
「僧侶さん、あんたのおかげですよ。要は、マール教のバックアップがついてるってことっすからね。一応、獣人や鳥人に対する差別は禁じられるんで」
「一応ねえ」
ファルンに対して答えてみせたガゼルさんの言葉に、ちと呆れた。
これまたマール教のおかげで、俺たちは表向きまだマシな扱いされるってことか。その分、こういった表からは分かりにくいところに出てきてしまうんだろう。
ガゼルさんもその辺は良く分かってるようで、「墓守みたいなこともあるっすから、一応ってことで」と言葉を続けてくれた。
「最近は、えらい扱いされたら人前で主張すれば基本的にはちゃんと対処してくれるっすよ。マール教も衛兵隊も、こう言っちゃ何ですが外面はいいっすから」
「……」
外面。そとづらだけはいいのかよ。……いいんだろうなあ、衛兵さん自身がそういうってことは。
何だろう。このガゼルさん、人間なのになんか苦労してるような気がする。
わざわざ俺たちにそういうこと教えてくれるってことは、そうなんだろう。もしくは、そんな連中を良く見てきたか。
「少なくとも、外から来た人にたいしては、っすね。あと、女の子には皆さん甘いっす」
「そうなの?」
女の子に甘い。ミンミカが不思議そうに垂れ耳をふるふる震わせると、ガゼルさんは苦笑しながら正直なところを口にした。
「僧侶様は、ゆくゆくはマール教教主様のものになるって皆思ってるっすから。その点、獣人とかの女の子はそうなる可能性低いっすからね」
ああ、そういうことか。
マール教の僧侶は、上の階級に上がるためには教主とまあ、そういうことになる。今でもそうなのかは分からないけど、少なくとも対外的にはそういうことになっているわけで。
本気で惚れてる相手でも複雑だろうけど、うーん。
やっぱり、マール教はある程度潰したほうが良くねえか、と思う。俺が対立するマーダ教の、一応トップの神様だってことを差し置いてもだ。
「……あれ?」
「ミンミカ、どうした?」
「においが、するです」
ふと、ミンミカが木の根元に駆け寄っていった。カーライルが眉をひそめて追っかけていく。
俺たちも追っていくと、彼女は木の根元のすごく凹んだところを掘り始めている。
「あの凹みは?」
「墓守が埋まってた穴っす。ちゃんと埋め戻ししたはずっすけど……誰か横着したっすかね」
ああ、それで凹んでたのかっておいおいおい。
墓守さんが埋まっていた墓穴の、そのさらに下をミンミカががーっと掘り進めて、あっという間に穴の横に土が積み上がっていった。
てか、いくらウサギ娘が掘ってるからって、ペース早いな。
「……柔らかくないか?」
「土っすか? 確かに」
シーラの指摘に、ガゼルさんが訝しげな顔になる。その理由は、俺にもすぐに分かった。
今ミンミカが掘っているのは、墓穴のさらに下である。普通はそこまで掘らないから、土が柔らかいってのは何というか、おかしい。
そこまで、誰かがすでに掘っていたのでなければ。
「そーりょさん!」
「え!?」
ミンミカの悲鳴にも似た声に、つい俺たちはそこを覗き込む。
「ふええ、コータちゃま……」
土を素手で掘っていたから、ドロドロに汚れたミンミカの手。その下、土の中で眠っている。
少し前に教会で見たばっかりの、僧侶さん。




