431.普通の世界
「コータ!」
キーの高い、子供の声が響き渡る。俺の部屋の扉をノックもせずに、声の主は思いっきり開いて飛び込んできた。
「おう、何だサブ」
「しょうぶだ!」
勝負、という子供の手には、多分そこら辺に転がっていたんだろう薪。今日の武器はそれか、と思いつつ俺は肩をすくめる。
赤ん坊から数十年かけてやっとこさ子供のサイズにまで成長したこいつは、全く成長しない俺とのリーチの差がそれなりに縮まってきている。けど、その薪じゃあ俺を倒せないぞ。
「またやんのかよ。お前、いつになったら俺に勝てるんだ?」
「きょうこそかつもん!」
「おー、よく言った! よし、来い!」
いやほんと、いつになったらお前は俺に勝てるようになるんだろうなあ。そうしたら、この世界でのマーダ教とマール教の勢力分布図もひっくり返るのかね。戦で赤ん坊にした後、地味にうちの方が押したんだけどな。
「サブ、またやってるのか?」
「あー、母ちゃん」
振り上げた薪を片手で掴んで、ルッタが子供の頭を反対側の手で撫でる。赤ん坊だったサブを預けてから彼女は、すっかりお母さんになっちまった。いや、翼王アルタイラの力が必要になる状況なんてもうないからいいんだけど。
「今のお前ではコータ様には勝てぬ、何度も言っただろうが」
「でもよう、母ちゃん」
「でも、ではない。今、コータ様はお仕事中だ」
サブをたしなめるルッタの目の前、書類が結構山になっている。俺が目を通してサインをするだけのもんなんだけど、それでも量が多いんだよね。
「失礼いたしました、コータ様。ほら、行くぞ」
「ちぇー。コータ、次は負けないぞー!」
「おう、さっさと俺に勝てるようになれよー」
ルッタの小脇に抱えられて退場するサブを見送ってから、俺はペンにインクを付け直した。さて、あと何枚サインすりゃいいのかね、俺は。いくら配下に丸投げしたっつーても、こういうサインは減らないんだよなあ。
戦争が終わって数十年、世界はマール教領域とマーダ教領域に分かれるかたちになって緩やかに続いている。サブラナ・マールはサブとしてこっちにいるわけだけど、神様がいなくても教主を立ててあっちは信仰を続けているようだ。
「今の教主代理、ファルンの孫娘さんなんだってな」
「ああ、彼女の」
「俺のことはすっかり忘れてたそうだけど、それでもマーダ教に対してはあんまり敵意がなかったらしいな」
「ほう、なるほど」
カーライルとお茶をしばきつつ、のんびりと世界を見ている。マール教もサブが赤ちゃん返りしたせいか全体的におとなしくなって、平々凡々に神様を拝む宗派となっている。神都サブラナもサンディタウンも、それなりに賑わいを見せているらしい。
でもそっか、今のボス、ファルンの孫かあ。もう、そんなに時間経ってるんだな。自分や四天王が年取らないから、時間経過がわかりにくい。
「……お前らは、割とずっといてくれてるんだな」
「四天王の称号を拝命した時点から、老いる速度がかなり落ちましたようで」
なのでそんなことを言ってみると、カーライルはニッと笑って答えてくれた。そうして、その後に一言付け加える。
「俺などは、そもそも長命ですが」
「そだな」
龍人族は、もともと寿命が長い。それもあってカーライルは、とことんまで俺についてくるつもりだろうな。スティもレイダもぴんぴんしてるし……ウサギ兄妹はもう、孫やらひ孫くらいの世代だったっけな、うん。
そう言えばカーライル以外の龍人族、相変わらずほとんど出てこないのな。ま、ほかの種族に化けて出てきてるかもしれないけど。そう言った奴ら、今の世界を楽しめてるかね?
「な、カーライル」
「はい」
そう言えば、こいつのせいでアルニムア・マーダはこの世界に復活したんだよな。ちょっと、聞いてみたいことがあるんだ。
「俺が戻ってきて、世界は良くなったかな?」
「ええ、もちろん」
満面の笑みを浮かべて、残念イケメンはそう答えやがった。ああまあ、お前がいいえなんて答えるわけないか。
ともかく、宗派がどうあれそれなりに世界は落ち着いて。神様としてはこのまま、のんびり世界を見ていこうと思う。
……ところで俺、いつまで獣人ロリっ子のままなんだろうな、外見?




