042.お家はほしいが仲間もね
「それじゃ、出発するよ。エンデバルには昼過ぎに着くはずだから」
「頼むぞ、アンディス」
ばしん、という鞭の音に重なるようにもーう、というここは違わないらしい牛の声。そうして牛車が、ゆっくりと進み出す。
普段はアンディスが部下に操らせてるらしい、牛車。乗り合いのものよりも室内というか何というか、が座り心地良く作られていて、俺とカーライルたちを全員乗せてもそこそこ余裕が……あ、微妙にないわ。主にシーラの翼で。
「こうすれば問題ありません」
その翼を後部から外に出したことで、ちょいと余裕ができた。偽乗り合い馬車はそれなりに余裕があったから、やっぱり公共の交通機関は違うんだなと思う。そりゃまあ、シーラの同族がいて当然の世界だものなあ。余裕もたなきゃ。
なお、俺は何故かミンミカの膝の上に座っている。いやまあウサギの膝の上だし、ちょうど頭の後ろにふかふかのクッションあるし何の問題もないんだけど。
「コータ様、ぴったりハマっておられますわね」
「何だそりゃ」
「可愛い女の子と可愛いウサギ獣人の組み合わせですもの。その手の趣味を持っておられる御婦人には、受けがよろしいかと思われますわ」
……ファルン、なんでそんなこと知ってんだ。要はこっちの世界でも可愛いは正義、とかいうことなんだろ?
しかし、ウサギのぬいぐるみ抱っこしてるロリっ子じゃなくてウサギ獣人に抱っこされてるロリっ子、なあたりがこの世界という感じ?
「男性にも人気は出ると思いますよ、コータ様。……拝見するだけでも、マール教信者には天罰ものですが」
「あら、わたくしは?」
「ファルンはコータ様の下僕だからいいんです」
なんでカーライルとファルンが擬似夫婦漫才やってんだか。いや、カーライルは俺命っぽいから実際夫婦にはなりそうもないが。
……そういや、マール教とマーダ教で結婚する時とか、どうするんだろうな。今はマーダ教側が隠してるだろうけど、さ。
別に俺が文句言うことでもないけど、向こうが文句言ってきそうだなあ。
その時はその時、かな。
にしても、さすがボス用牛車。あんまり揺れないな。これなら乗り物酔いもあまりせずに済みそうだ。やだねー乗り物に酔う神様ってさ。俺だけど。
「コータちゃま」
「ん、何だ?」
「あのおうち、もらわない、ですか?」
不意に、ミンミカがそんなことを聞いてきたのにはびっくりした。おうちって、山の中の砦のことか。
あ、みんなの視線がこっち向いてる。
「おうちは、ひつようになるとおもう、です」
「まあ、確かにな」
「拠点は必要になるでしょうね」
「いつまでもふらふら動き回ってばかり、というわけにも参りませんものねえ」
言われてみれば、そうだな。今のところはともかく、カーライルの言う通りそのうち拠点を築く必要も出てくるだろう。いや、そんな大げさな話じゃなくて自宅は欲しい、というか。
ファルンの言葉のように、いつまでも根無し草というわけには当然行かない。シーラは無言のままこっちを見てるから、俺に任せるつもりかな。
まあ、何にせよまだその時期じゃない。だから俺は、そのことをミンミカに言って聞かせる。
「でも、まだ必要ないと思う。旅に出たばかりで、仲間も少ないだろ」
「はい、です」
「シーラみたいに生まれ変わってどこかで俺が来るのを待ってる仲間もいるだろうし、カーライルやミンミカみたいなちゃんとした信者が隠れているかもしれない」
「……四天王の方々もきっと、お待ち申し上げていることでしょう」
たまたま生まれ変わってきたシーラが俺の目の前に現れたから、ある意味俺は楽してこの世界に踏み出せたんだと思う。いや、カーライルのおかげなんだけどね、そもそもは。
「もう少しそういった仲間たちを探して、それからでも遅くはないと思うんだ。それに、あの砦だと街や村に出るのに大変だからね」
「そっか。わかりましたです」
お、分かってくれたか? まあ、あの砦はひとまずなし、ということはご理解いただけたようで何より。
ある程度勢力広げてから、出張所みたいな感じにするのはいいかなと思うけど。仲間を増やすことで、マール教が喧嘩売ってくる可能性は高くなってくるわけだし。
こちらも、もっと仲間を見つけないとな。
「おにいちゃんがみつかったら、きっとコータちゃまのはいか、なってくれる、おもいます」
「そうだといいな」
そういえば、それもあってエンデバルに向かってるんだよな。俺たち。
ミンミカはのんきに考えているけれど、さてどうだかなあ。兄貴……えーとアムレクだっけ、そいつがちゃんとしたマーダ教信者なのかどうかはまだ分からないからなあ。
俺の名前にかこつけた、ただの悪党なんてのもうろちょろしてるわけだし。……四天王を頑張って探し出せば、エセマーダ教連中を叩き潰せるかな。その中にいるガチの俺の信者を、仲間として引っ張り込んで。
……社畜やってた人間が、今や組織のトップかよ。いや、ちゃんとした組織じゃまだないけどな。
「そろそろ、エンデバルに到着するよ。降りる準備をしておくれ」
「分かった」
御者席にいるアンディスの声に釣られるように、俺は彼女の肩越しに進行方向を見た。他にもいろいろ話し込んでたら、あっという間に到着したようだ。
蔦が張っている石積みの塀に囲まれた、あれがエンデバルの街か。
……どっかの球場みたいな気もしたけど、あそこ確か改修したんだっけ?




