428.これはただのわがままで
手の中には、本来何もない。俺がその中にサブラナ・マールを包んでいるように見えるのは、単に俺からそう見えるだけだ。
「お前、昔俺にこれをやったんだろ?」
「ひ、ぎ、ぎぃい! やめろ、やめてくれ!」
「人、じゃねえや、よその神にこれやっといて自分にされたらやめろってか。都合が良すぎんだよ、てめえは」
それでも、サブラナ・マール自身にダメージと言うか、効果は入っているらしい。ぎりぎりと少しずつ、全体的にサイズが縮まっているような気がする。
俺の手の中には何もないはずなのに、ゆっくり押し潰そうとしているその空間には何某かの圧力が存在する。多分これが、サブラナ・マールと同調してるんだろう。過去の俺を、奴がこうやって潰したように。
ぎちぎち、と俺に握りしめられているように奴が、だんだん身体を縮こませていく。おう、逃げられないみたいだな。あきらめろ、かつての俺みたいに。
「身体縮めたら、魂はどうなるんだろうな? 俺みたいに粉々に砕けて、かけらだけが何とか生き残るのかね?」
「ぎゃあ! やめろやめろ、おれはそんなつもりはっ」
「は、どうだか」
何がそんなつもりだよ。俺は既に、お前に潰されてロリっ子ボディと魂の欠片だけしか残ってないっつうの。そのお返しを今、するだけじゃねえか。
「教主様!」
あ、また鳥人たちがすっ飛んでくる。そりゃまあ、自分ところのトップが何かピンチらしい、ってことになれば放っておくわけには行かないものな。
「コータ様の邪魔をするな」
「ぎゃ!」
「があああああっ!」
「げふっ!」
シーラの剣とカーライルのビームが、そいつらを蹴散らしていく。サブラナ・マールに当てないのはさすがと言うか、ほんと殺すわけにもいかないしな。だから、俺が押し潰しているわけで。
「おおおおお! ややややめろやめろ! そ、そんなことをしても無駄だぞ!」
「そうだな。今の俺みたいに、またいつかやってくるかもしれないからな」
半泣きになりながら俺の『手』に抵抗しているけれど、それで俺がサブラナ・マールを解放する理由にはならない。僧侶や信者たちにまであまり被害を広げるつもりはないけれど、お前だけはここで押し潰して、俺と同じ目に合わせてやらないと気がすまない。
これは、単なる神様のわがままだ。どうせ、昔だってお前がそうだったんだろうが。
「だけど今、お前を押さえつけるのには有効だ。お前の信者たちがおとなしくなってくれれば、俺の信者たちも健やかに暮らせるようになるかもしれないしな」
「な、ななな……」
「俺が封じられてから、お前は俺の信者たちをどんなふうに扱った? 今の世界を見れば、まあ大体のところは分かるけどよ」
ぎちぎちぎち、と俺の手が軋む。サブラナ・マールの必死の抵抗に、手の中の圧力が強くなってきているんだ。
でもまあ、何というか負ける気はしないんだけど。どういうわけか。
「コータ様」
「大丈夫だ。俺だけで行ける、と思う」
「ひゃめ、ひゃめてくれえ!」
やばくなったらルッタや、他の皆の力も借りるつもりだけど。
でもどうやら、今のサブラナ・マールは俺の力だけで押し潰せそうだ。もしかしたら、周囲に皆がいてくれるおかげかも知れないけどな。
「……おら、俺みたいになっちまええええええ!」
「ぴぎゃあ!」
思い切り手をぎゅっと握りしめた瞬間、とてつもなく情けない悲鳴が世界に響き渡った。




