038.ご飯が自らやってくる
山奥にアジトを構えているせいなのか、もしくは別のお仕事で出払っているのか。
この砦の中でシーラに叩き潰されるのは、せいぜい十数人といったところだった。面倒くさいからカウントしてないけど、多分そのくらい。
「ああ、どかなくてもいいぞ貴様ら。どけたところで見逃す気は微塵もないからな」
「つぶしちゃいますねー」
俺たちの数メートル前を歩いているシーラが嬉々として剣を振るい、その少し前を身をかがめたまま進んでいるミンミカが自分の手でぐしゃ、とかぶち、とかいう音をさせる。
……あ、チンピラの数、もうちょっと多いかもしれない。まあいいか。
「それにしても……マジでやってんな、ミンミカ」
「遠慮する必要、ありませんし」
「それもそうか」
シーラの戦闘力だけを当てにしてた俺としては、ミンミカが実は怖いことに気がついてぶるっと震えた。でもまあ、一家揃ってマーダ教信者だとある程度の戦闘能力は持っててもおかしくなかったわけか。単に天然ボケで危なくなったりするだけで。
確かにファルンの言う通り、主に女、たまに男とっ捕まえて売り飛ばす連中に遠慮する必要はないんだけどな。もともとそういう商売が成り立ってる世界ならいざ知らず、皆の反応を考えてもそうじゃないことは明白だし。
……人に関しては。確か、前に聞いたぞ。
「獣人の売買は地方によってある、とか言ってなかったか」
「あまりマール教の御威光……というか恩恵に預かっていない地方では、今でも公然と行われていますね。そういう地方でもマーダ教を崇拝しているわけではないんですが、マール教上層部では一緒くたに見ているのではないかと」
「悪いこと、全部俺に押し付けかよ」
ファルン、説明ありがとう。あーそーですか、どうせ長いこと中身がこの世界にいなかった邪神だからねえ、俺。
まあ、それでマール教が正義ですよーとか言い繕ってるんだろうな。お互い、やってることはさほど変わらないだろうに。
「コータ様」
「おう」
また前方が静まったので、俺たちはのんびり進もう。このへんにカーライルはいないだろうし、部屋の中に捕まっている人たちも怖がって外を見ないようにしてるっぽいし。
さて。
「……カーライルはどうするかな」
「コータ様が、先程の女から聞き出せばよろしいかと思われますが」
「それが一番早いか」
ま、そうですよねー。ボス姐さん、せっかく姐さんなので精気吸わせていただいて、ついでに吹き込めばカーライルの場所はおろか、この砦まるごと俺のものに……してどうするんだ。まだ本拠地は要らねえよ、もうちょっと配下増やさないと。
すっかり邪神ムーブしてるあたり、やっぱり元々邪神なんだろうね、俺。
「あ」
不意にファルンが足を止めた。前方を見ると、垂れ耳ウサギが見事にお尻から後退してくる。器用だな、ミンミカ。あとウサギだけにしっぽ可愛い。
で、くるりとこっち振り向いて、報告してくれた。
「コータちゃま、まえからごはん、じゃなくてボスがきます」
「よっしゃ」
おう、その報告に来てくれたのか。
それにしても、向こうから来てくれたとはありがたい。気がつくと、しれっとシーラがいなくなっている辺り、俺の指示を理解してくれてるようだ。
……扉の一つが開いていて、中が暗いってことはおそらく空き部屋だ。で、その直前を呆れた顔をして、ボスの姐さんがずかずかとやってくる。俺と目があったところで立ち止まり、ふんと腕を組んだ。
「小娘、僧侶様、迷子になったのかい?」
「……」
「まったく、お前の保護者たちのせいで酷いことになってるじゃないか」
あ。姐さん、シーラ見てないんだな。つまり、彼女がこちらに寄ってくる気配を察知して隠れたのか。さすがだな。
それにしても、言われてそうだよなと思う。外見上、シーラたちが俺の保護者だと考えるのはごく自然だ。
まあ、崇められてる邪神だからって実は俺が保護者です、というわけでもないのだけれど。
「さあ、部屋にお戻り」
「シーラ」
彼女が腰に手を当てたところで、俺は『保護者』の名前を呼んだ。途端、空き部屋の入り口からひょいと腕が伸びる。
「へっ?」
一瞬反応が遅れたのが、運の尽きなんだよな。そのまま姐さんが部屋に引きずり込まれたのを、俺は追いかけた。ファルン、ミンミカは俺の前後を守って同行してくれてる。
「は、はなせ貴様らあ!」
「おとなしくしろ」
空き部屋の中で、姐さんはシーラに羽交い締めにされてる。というか、シーラが姐さんにおぶさる形になってて、足同士も絡んでるけど。
「ミンミカ、扉を閉めて外を見ていてくださいませ」
「はーい」
ファルンの指示で、ミンミカが入り口を閉ざす。
さて、久しぶりに新しい味をいただきます、かな。




