386.番外8:神都サブラナ最奥部
「ふむ」
副官とも言える僧侶からの報告書に目を通し、教主は顎に手を当てた。神都サブラナは主神サブラナ・マールを祀る都市として制限をかけながらも観光客……という名の礼拝者を受け入れているのだが、今日提出された報告書はその入域証申請名簿である。
「僧侶ファルンの入域証申請は、全て通したのだな」
その中に認められた一つの名前を教主が読み取り、僧侶に問う。申請された教会はクルンゴサとなっているが、現在の彼女の居住地はそこではなかろう。その程度には、マール教の情報網は機能している。
「は。他六名、となっておりますが、恐らくはそのうちの一名が教主様の目指す者かと」
「なるほど。僧侶も含めて七人だが、まあ大したこともなかろう」
「たとえ、その内に四天王がいたとしてもな」などという不穏な言葉は己の口の中だけにとどめ、教主は僧侶を見やる。今はあくまでも仕事の最中であり、二人の間には上司と部下という空気しか存在していない。
「アルネイドとバッティロスに部隊を出しておけ。ファルン一行が神都サブラナに入った時点で、侵攻を始める。神のおらぬ間に、マーダ教の拠点を潰してやろう」
「は。……北方城はよろしいのですか?」
陥落したドンガタを除く、今マーダ教が支配している集落。その名を挙げ教主は、少々物騒な指示を飛ばした。僧侶が挙げた拠点には、にやりと冷徹な笑みを浮かべる。
「北方城はその後だ。四天王どもも残っているのであろうし、抵抗が激しかろうからな……全軍を集中させるつもりでいろ」
「承知いたしました。目的以外の人物はいかがいたしますか」
「僧侶は下僕にされているのだろうから、私が解放し聖別する。その他のマーダ教信者も、共に真の教えを以て我らが導いてやらねばならん」
聖別、と言えば聞こえは良いがその実、対象者を教主がベッドに引きずり込むだけの話だ。だが、それこそが対象となる相手にとってもっとも良い行為であるとマール教では広く信じられており、発言をした男はその頂点に君臨する教主その人だ。
副官たる僧侶もその恩恵を受けた一人であり、故に聖別の『重要性』を信じて疑わない。それは同時に、教主への崇拝……盲信とでも言うべき心理を伴っている。
「分かりました。では、しばし放置でよろしいのですね」
「監視だけは怠るな」
「無論、分かっておりますわ。では」
故に、教主が何を企んでいようとももはや彼女には関係のないことだ。与えられた命令を忠実に遂行するために深く頭を下げ、執務室を退出する。
己の主が自身には大した興味を持っていないことすら、関係はない。
「やっと我が懐に入ってくるか。アルニムア・マーダ」
敵対する神の名を愛おしそうに呼ぶ男の姿など、視界にも入らない。
「今度こそは、手に入れる。そして我がお前を支配し、マーダ教はマール教の前に潰える」
そう呟く教主の声などは既に、扉の向こうを去っていく彼女の耳には入るはずもなかった。




