371.遠くで見たい人がいる
「エンデバルのガゼルって、アムレクと会った時にいたあのガゼルさんか?」
「ほえ?」
思わず声に出して確認してしまう。ミンミカが、もともと丸い目を更に丸くして俺の手元を覗き込んだ。……一応文字読めるんだっけ。俺は何だかんだでこの世界にガッツリ適応してるけどさ。
「ご存知なんですか?」
領主がびっくりした顔で聞いてくるから、「一人だけ会ったことのある混血の人」と答えた。うん、あのガゼルさんだと思う。容姿とか、ちゃんとリストにしてあるからチェック。
「赤毛のチャラい兄ちゃんで、確か……お母さんがレイヨウ、だったかな。間違いないよな」
「間違いないですね」
「おにーちゃんのときにたすけてくれたひと、ですー」
書類を覗き込んでいた領主と、それからミンミカが納得してくれたので大丈夫なようだ。ま、本人見に行けば一発なんだけど。
にしても、まさかアルネイドまで来てるとは思わなかったな。
「エンデバルから、ここまで来たんだ」
「獣人排斥がひどくなったのでしょうか」
領主の推測に、うわと顔をしかめる。ガゼルさん、自分が獣人ハーフだっての隠してたってことはもともと、そういう血筋の人にはあまり居心地の良くない街だったってことだしな。
あ、でも。
「確か、衛兵隊長さんが優しくしてくれてたはずだ。情勢がこんなになったんで、早めに逃がしてくれた可能性もある」
「なるほど。それならば、そのガゼルという人物は良い知人をお持ちだったのですな」
「そうだな」
うん。きっと、逃してもらってここまでやってきたんだ。俺たちがこの先、北方城にいることは知らなくても、自分が危なくないところだろうから。
「直接、ご確認なさいますか」
「直接は、さすがにないな。こういう状況だと、個人的な感情振り回すわけにはいかないだろ」
領主が俺のことを気遣ってくれたみたいだけど、そこはさすがに断った。確かにコータとしては一度会ったことのある人だけど、だからって向こうが覚えてるかなあというのもあるしさ。
それに、俺は一応邪神様だから。自分の配下である四天王とかミンミカたちを大事にするのはいいんだろうけど、そういうくくりで言うと一般人てことになるガゼルさんにまでその手を広げるのは、うん、ちょっと無理だ。
「お心遣い、痛み入ります」
「気にするな。お前さんはおまえさんの仕事を、きっちりやってくれればいい」
と、領主に頭を下げられた。
お前さんのことを気遣ったんじゃなくて、自分のことしか考えてないんだけどな。ああ、でもそう受け取ってくれればこちらとしても問題はないし、いいことにしておこう。
で……俺は良かったんだけど、良くないやつが一人いてだな。
「コータちゃまー」
「何だ?」
「ミンミカは、ちょっとだけガゼルさんみてみたいです」
会ってみたいじゃなく、見てみたいなのがまあこいつにしては考えている、というか。
向こうも一回会っただけのウサギ娘を覚えてるか分からない、ってことは理解できているみたいだな。
まあ、いるところを見に行ってみるくらいなら、いいかな。
「……遠くから、ちらっと見るくらいなら」
「分かりました。街へご案内いたします」
悪い、領主。世話になる。




