359.番外7:神都サブラナ最奥部
「四天王が揃った、か」
「はい」
その報告が神都サブラナの教主にまで届いたのは、実際にことが起きてから十日後のことであった。やたらと時間がかかった理由は、どうやら報告の元となった部隊が情報を送り出せなかったから、らしい。
「海王ネレイデシアは自身が名乗っておりますし、翼王アルタイラと同行していることが多い獣人が獣王バングデスタを名乗っているようです。さらに此度、龍王クァルードの復活が確認されました」
「ふむ」
報告書を眺めながら、この場にいるにしては若い僧侶の言葉を聞く。以前ここにいた肉感的な彼女が報告書の執筆者ではあるのだが、彼女は現在クルンゴサ近辺の信者にどうにか匿われている状態だという。
無能な女に、用はない。そんな事を考えながら教主は、報告の続きを促す。
「特に辺境の村や街などが、次々にマーダ教信仰を表明しております。一部では僧侶も同調し、マール教を離脱しているとか」
「我らが神のお心を裏切るとは、愚かな者が僧侶の地位にいたものだ」
「面目次第もございません」
マール教の僧侶が、マーダ教信仰に転じる。本来ならばありえないであろうその事態にも、教主はあくまで冷静だった。
ただ、少しばかり自身の配下の育成方針に疑問を抱いたかもしれないが。
「敬虔な我らが信者を保護してやれ。邪教に傾いた愚か者共の始末は後だ」
「それでよろしいのですか?」
ひとまずの方針を告げたところで、僧侶が疑問を呈する。教主に目通りすることのできる地位にあって、そう言ったことは珍しい。なかなか気骨のある女だ、と僅かに教主は彼女を見直した。
「何だ?」
「ついに龍王クァルードが復活し、邪神は世界征服の準備を万端に進めております。急いで滅ぼさねばいけないのではないでしょうか」
マール教の敬虔な信者たちが恐れている、マーダ教による世界征服。それはつまり、今自分たちが享受している平和を打ち砕かれることになる、と信じ切っているからだ。
そんな事態を阻むために必要なモノを、教主は待っているのだが。
「まだ、勇者が育っていない。その力を使わねば、再び四天王と、そして邪神を滅ぼすことはかなわんだろう」
「勇者については、候補が数名上がっております」
「育成を急げ。それなりの能力になってからでないと、我が祝福も意味をなさぬ」
「承知いたしました」
世界の様々な観光地、すなわち戦跡で名前を残す、勇者。それはマール教にとっては、邪神を滅ぼすための旗頭ともいうべき存在だ。
サブラナ・マール直々に力を与え、それを持って邪神とその配下を倒すことのできる、重要な戦力。
未だこの世界には、それは揃いきっていない。
「ひとまずは、我が方に付くと明言した集落や街へ信者を集めよ。邪教の信者は追放で構わん。どうせ、少数派だ」
それまでの、ほんの僅かの時間稼ぎ策を教主は手配する。マーダ教が復興したとしても、勇者が戦力となるまでの短い間だと考えて。
「こちらは教育部隊を始めとした部隊を各地に派遣、守りを固めよ。サンディタウンのグレコロンはどうしている?」
「それなのですが……今のところは何も」
「まあ、アレは獣人を懐に抱えているからな。あまり厳しくは言えまい」
資金源の一つを一瞬だけ脳裏に浮かべ、すぐに教主は忘れることにした。




