035.山の中へと悪いやつ
さて。
朝、ちょっと遅めにスラントを出てエンデバルに向かっていたはずの乗り合い牛車は、そろそろお昼になるはずの現在は山の中にいる。ちなみにエンデバルには山を通過する必要はほぼないので、道を外れているわけだ。
「えらく山の中に入って行きますね!」
「ええ! こっちのが近道なんで!」
カーライルが御者さんに尋ねた時の、答えがこれ。がったんごっとん揺れて結構うるさいので、どちらも大声だったりする。
あーやーしーいー。
一番御者に近いところにいるファルンはどうも鈍感らしくのほほんとしてるけど、ナーリアから持ってきた杖を妙にしっかり握りしめてる。何気に俺を膝の上に載せてるミンミカも、そわそわし始めてるよな。
ミンミカとファルンの間に座ってるシーラは普通だけど、彼女が気づいてないとは思わない。ミンミカのすぐ隣にいるカーライルだって、微妙に視線を巡らせているようだ。
同乗している商人さんかっこかり、とチンピラ共は平然としたままで……あー、お前らグルか。もしくは奴隷商人とか人買いとかそこら辺か。
「わるいひと、ですか」
「多分な」
そわそわしっぱなしのミンミカが、こそっと俺に囁いてくる。
まあ、その見方に異論はない。世界的に言えば俺たちだってわるいひとなんだけど、それを考えに入れなければ最低でもこの御者は俺たち乗合馬車の客を変なところに連れて行こうとしてるわけで。
そんなの、わるいひとに決まってますよねー。
「シーラ、みんなも」
山道なんで、普通の道を行くより余計にがたんごとんとうるさいのを利用して俺は、シーラを中心に声をかけた。もちろん小声で、念のため口元を軽く手で隠して。
「は」
「このまま相手のアジトまで行く。山の中なら暴れられるな?」
「お任せを」
よしよし。微妙に力が入った声で返事があったので、シーラは殺る気満々のようだ。
ミンミカは俺のすぐ後ろにいることもあり、「わかりましたあ」とこちらも小声で答えてくれた。カーライルは、返事代わりに俺の手を軽く握ってくれる。ファルンはシーラから伝言が行った模様。このくらい離れただけで、もう声は聞こえなくなるんだよねえ。
がたんごとんがもうしばらく……体感で一時間くらいかな、続いてやっと止まった。正直、怯えてるふりして目を閉じてないと乗り物酔いで吐くところだったよ。気持ち悪いー。
「はい、では皆さん、降りてくださいねー」
「……あの、エンデバルではないようですが?」
すっとぼけた口調でファルンが問う。マール教の僧侶がそんなとぼけた質問してきたことに、御者のおっさんははっと鼻で笑って答えた。
「エンデバルではありませんよ。僧侶様とお連れさんは、ここで修行の旅を終わるんです」
「どういうことだ?」
「マール教の偉いさんにばっかり処女をささげるより、他の男たちに飼いならされた方が女も幸せってもんですよ。お兄さん」
「……っ!」
「痛いっ!」
カーライルの問いにも軽い口調で答える御者の代わりに、チンピラ共がシーラとファルンの腕をねじ上げた。
俺は「きゃあ」と怖がるふりをして、ミンミカにしがみつく。一緒に座ってたんだから一番近いし……すまんカーライル。二人まとめてかばってくれてるんだよな、こいつ。
「それなら、何故俺を連れてきた」
「男も、買い手がありますからねえ。夜がご不満な偉いさんたちが」
「うげ」
商人もどきのおっさん、そのドスケベ笑顔の相手がカーライルってことはつまりそういうことか。いや、俺も外見上さほど変わらないことやってるわけなんだけど、この残念イケメンのドン引き具合考えると俺もいろいろ思うところがあるんだよなあ。
俺の場合、幸い気を吹き込んだら言うこと聞いてくれるってので助かってる部分あるしさ。
に、してもだ。
「ほれ、ウサギのお嬢ちゃんとちびっこもさっさと降りな。お友だちと離れたくねえだろう?」
「わ、わかった、です……」
ミンミカにしがみつきながら馬車を降りつつ、しょうもないことを考えている。
悪いな、カーライル。俺、今、男じゃなくてよかったと心の底から思ってるよ。
「抵抗はしないから、あまり引っ付かないでくれ!」
「いやいや、何かあったら大変だからねえ」
いやもう、ほんとに。




