355.生命の限度と次の手と
「どきな!」
「ぎゃんっ!」
スティが力いっぱい横蹴りをたたきつけて、ババアが吹っ飛ぶ。僧侶たちがざっと身を引くのを感じ取って俺は、カーライルのもとに駆け寄った。
「……あ、がっ……」
「しっかりしろ!」
無意味な声がけ、だとは思う。左の肩からばっさりと、胸を斜めにかっさばいた傷は血でまみれている。ガクガクと震える身体を、俺は揺することもできない。
「こ、た、さまっ」
「お前、何で!」
「お守り、するの、は、当然っ……」
ですから、なんて続くはずの言葉は吐かれた血でかき消される。スティが僧侶たちをぶん殴り、爪でかっさばく音にも。
「コータ様! 一体、何がっ」
「いいから、俺たちは敵を退ける! まだ増やして来やがるぞ、あのアマ!」
「は、はいっ!」
野郎どもを片付け終わったらしいシーラも戻ってきてくれたけれど、カーライルの血は止まらない。ああもう、本当に何であの杖持ってこなかったんだよ。怪我治せる、アレ。
「コータさま……どうか」
視線だけが、こっちを見る。多分もう、身体も動かせないんだろう。
「……わたしの、精気を……おつかい、ください」
「え」
「男ですから……お嫌なのは、がふっ、わかっており、ます」
衝撃波の使いすぎで、精気が足りなくなっている。カーライルはそれを分かって、血を吐きながら俺に吸えと言ってきてる。
……死にかけのやつの精気吸ったら、死ぬぞ。最初、俺はそれでファルンを殺しかけてんだからな。
いや、そんなの分かってるだろうな。カーライルの目の前でやったんだから、それ。
「……分かった」
男はいやだけど、死にかけてる配下の望みを無下にするほど俺は馬鹿じゃない。
何度か深呼吸すると、嫌に頭の中が冷静になった。もともと、男を吸っていた邪神だからだろうな。
そのまま、俺はカーライルに唇を重ねた。
「ん……んっ!」
すう、と軽く吸って気がついた。おい、マジかよ。
この感覚……白いもやみたいな、アレだ。
つまりはこいつも、封印されていた俺の、配下。
「……」
思わず目を見開くと、もう焦点のあっていないカーライルの目と合った。いや、多分向こうは見えていないか。
しかし、こいつが俺の配下で、封印されているじょうたいなのであれば、もしかしたら。
よし。一か八か、復活に賭ける。俺の配下なら、こんなところで死ぬのは許さない。
「んぐ……んーっ!」
しっかり噛み締めたそれを、思い切りカーライルの中から引き抜く。グレーがかった、もやのような何かがずるりと出てきた。
俺の配下を封じていた下衆を、手で触る気にはならない。だから、靴で思い切り踏みしめてぐりぐりとすり潰す。
「……あ、あ」
ややあって、カーライルの反応が変わった。目を見開き、身体を小刻みに震わせる。
血は……止まっている。これなら、なんとかなるかもしれない。
「な、何?」
「一体何が……?」
僧侶たちも、スティやシーラも、こっちに視線を向けている。すっかり、こちらにあるなにかに飲まれたように。
一瞬、どくんと激しい心臓の音が、聞こえた気がする。そうしてばさり、と木々を打つ激しい風の音が。
「うわ!」
俺の目の前からも強い風が吹き上がり、ちっこい身体が飛ばされかけて……ひょいと腕に抱きとめられる。どう見ても、恐竜だかトカゲだかの腕に。
「え」
俺を抱きとめたそいつは、そのままゆっくりと起き上がった。背中にコウモリみたいな大きな翼を広げて、太い後ろ足で大地を踏みしめて、長い長い尻尾で周囲の木々をばしんとなぎ倒して。
「――我が名はクァルード。龍人族の長にして、長きに渡りアルニムア・マーダ様に仕えし者」
カーライルと同じ声で、龍は名乗りを上げた。




