033.やばいしるしは隠しましょう
朝飯をみんなで食ったあと、それぞれの荷物をまとめる。
「昼過ぎに、臨時ですがエンデバル行きの牛車が出るとのことです。それに乗せていただけるよう、交渉を済ませてまいりました」
カーライルが、そう言ってきたからだった。確かに、もうスラントにいる意味はないわけだしな。
「コータちゃま、かわいいです」
「可愛いか?」
「はい!」
「誠に可愛らしいです」
「ミンミカさんも可愛いですから、とっても目の保養ですわ」
「……」
俺の髪をポニーテールに結いながら、ミンミカはとっても楽しそうである。自分がウサギで、ブラッシングをするのもされるのも好きらしい。いやまあ、分かるけど。
シーラ、ファルン、ほのぼの眺めてるんじゃねえ。あとカーライル、鼻の下伸びてる。マジでロリコンか、お前は。
それはともかく。
コータちゃま。ミンミカは、俺のことをそう呼ぶようになった。
他人がいないときはコータさま、でいいんだが、他人がいるときにそう呼ばれるとちょっと怪しいからな。カーライルたちと違って呼び方の区別はつけられそうもなかったので、間を取って……コータさまとコータちゃんだから、コータちゃま。
慣れろ、俺。外見角しっぽ付きロリっ子なんだから、ちゃまでもおかしくないんだぞ。いいな、と自分に必死に言い聞かせている。
慣れたら慣れたで……なんだろうな、俺。
「コータ様。お耳、少し尖っていらっしゃいますね」
「お、そうか」
さっきからじっと俺をガン見してたカーライルの指摘に、指でたどってみる。あ、ほんとだ、少しだけど尖ってるわ。
獣人系だから、ってことでもないだろうけどおそらく、それで外には通じるだろう。
……耳、か。
「ミンミカ、ピアス外しておいたほうがいいかもしれないな」
「ほえ?」
背後でリボン結んでるミンミカに、そう声をかける。マーダ教の紋章のピアス、よく今までバレなかったよ。ロップイヤーばんざい?
「お前さんがマーダ教の信者だってバレたら、それこそえらいことになるだろ?」
「は、はいですう」
慌ててリボンを取り落とし、わたわたと耳からピアスを外す。ウサギっぽい手だけど、普通に使えるのは慣れてるからかね。
「でもでも、これはだいじなものです」
「そうですね。コータ様の紋章なのですから」
大事な物だと、ミンミカは言う。そりゃまあ家族揃って俺の信者だし、世界に少数派として存在してるわけだしなあ。頷いてるシーラ自身は多分持ってないようだけど、そこら辺俺は文句言うつもりはない。
「でしたら、いい方法がありますわ」
ファルンがぽん、と両手を打ち合わせた。自分の荷物の中から、俺にとってはある意味見慣れた形の小さな巾着袋を取り出す。
袋の表には、マール教の紋章が刺繍されている。いわゆるお守り袋、というやつだ。ついている組紐がえらく長いけど、どうやら首に掛けるタイプらしい。
それを開いて中身を取り出し、ファルンは白い布の中から小指の爪ほどの木札をつまみ上げる。適当にゴミ箱に放り込んでしまってから彼女は、ミンミカに声をかけた。
「お貸しくださいな」
「あ、はい」
差し出された手のひらに、ミンミカが慌てて外したピアスが載せられる。ファルンはそれをお守りの中身を包んでいた布で包み直し、そうしてお守りの中に戻す。きゅっと紐を引き絞ると、見てくれは元のお守り袋に戻った。
「はい、どうぞ。これなら見られても怒られませんわよ」
「ありがとうですー」
中身だけがマーダ教のものに代わったお守り。それを手渡され、ミンミカは嬉しそうに首からぶら下げた。
しかし、マール教のお守り袋にマーダ教のピアス入れて大丈夫なのか? コンフリクト……っていうのか、あったりしないんだろうか。
「ガワがマール教だけど、大丈夫か?」
「外袋は信者の民への外注で作っていますし、中身も大雑把にお祓いしただけなんですよ。あれ」
「マジか」
ファルンの説明も大雑把なんだけど、それ以上に世界は大雑把らしい。
外袋が外注なのは分かる。大量に必要だろうし、信者の人たちもお金になるだろうし。この世界、ミシンとかないからなあ。
けど、中身のお祓いが大雑把ってなあ。手抜きか。世界に神がサブラナ・マールしかいないからって、気を抜いてたりするんだろうか。
「それをありがたく買ってんのか、マール教信者」
「マール教が世界に蔓延して、もう長く経ってますからね。真面目に祈っている僧侶も少なくなったのでは」
カーライルが呆れたように肩をすくめる。それがちょっとだけ怒っているように見えて、俺もすっかり小さくなった肩をすくめた。
真面目にやってる僧侶が少なくなってるからといって、それで敵が減ってるわけじゃないからな。




