313.呼ばわる名前も分かってた
ガイザスさんはそれまで座ってた作業場から立ち上がると、俺の前にやってきた。そうして膝を付き、俺を見上げる。
小柄な地人族だから、大人でもひざまずくとほんの少し俺より視線が低いんだよね。
「なんとお呼びすればよろしいか? 我らが神よ」
「今のままで構わないよ。他に呼びたい名前があるなら、好きに呼んでくれていい」
今までならコータでいい、と言うところだったけど何となく、ガイザスさんにはそう言ってみた。何と呼んでくれるか、ちょっと興味が湧いたからかな。
「俺は先の戦で、力も記憶も魂のほとんども砕かれたからな。ここにいるのは、アルニムア・マーダの残り滓でしかないのかもしれない」
「それで、そのお姿なのか」
伝説とかで伝わっているだろう、アルニムア・マーダの姿。それとはまるで違うちっちゃな獣人の女の子を前にして、ガイザスさんはあくまでも低い姿勢を貫いている。ドートンさんやほかのお弟子さんもいる前で。
そうさせている俺が、そうしてもらうだけの存在だって皆にも認めてもらわないとな。
「ただ、この者たちや他の配下が、俺を俺と認めてくれた。だから、マール教が戦を迫ってくるのであれば、俺は俺として戦うつもりでいる」
スティやルッタたちに一度視線を向けて、それからガイザスさんを見つめ直す。そうして、俺は言葉を改めた。
「ガイザス。お前が俺を、お前が仕えるべき神だと思ってくれるなら……俺のために、武具を鍛えてはくれないか」
「仰せのままに。……コータ様」
呼び捨てにしたガイザスさん……ガイザスはそれを受け入れてくれて、そして……あれ。
従ってくれたのはいいんだけど、結局コータなんだな。別にアルニムア・マーダでも良いんだけど。
そんな事を考えていたら顔に出たのか何なのか、ガイザスは苦笑して教えてくれた。
「皆様がそうお呼びしているのであれば、あなた様ご自身がそう呼ばれたいのであろうと思いましてな」
「ありがとな。……人前ではお嬢ちゃんでいいよ、さすがにまだまだ配下が少なくてさ」
「正体が広められては、打つ手がなくなりますな。なるほど」
そういうこと。ほんと、ガイザスみたいに経験豊富な人は理解が早くて俺が助かる。
もう少し、せめてまともに運用できる部隊が数個作れるくらい配下が集まってくれれば、俺が獣人ロリっ子のふりしなくったって良いんだろうけれど。
「さて、お前ら」
俺のことを理解してくれたガイザスは、すっと立ち上がった。そうしてお弟子さんたちに振り返り、ごほんと強めの咳を一つ。
「分かっちゃいるとは思うが、今の話は他言無用だ。誰かにちょっとでも漏らしてみろ、即座にドンガタの村から叩き出す」
「分かってますよ、親方」
「マール教には、いろいろ面倒掛けられてますからね」
お弟子さんたちも親方の影響か、それともこういう親方だから集まってきたのか、マーダ教寄りの考えを持っている人たちばっかりらしい。
それは、ドートンさんも同じだった。
「任せといてください。マール教には昔、結構いじめられたことがありまして」
「お前の実家の近所、マール教の偉いさんいたからなあ」
「近所というか、ほぼ自分の敷地扱いでしたよあの僧侶。教主に可愛がられてたからって」
……何かよく分からないけれど、とにかくドートンさんもマール教には苦労させられたんだな。
別に信仰に文句つけるつもりはないけれど、それにかこつけて偉そうにするとか弱い者いじめとかは納得しねえぞ、俺は。




