030.ばらしてみたらあら大変
「………………っ!」
うわあ、分かりやすくガクブルしてるよ。ただでさえ垂れてる耳がしなしなになってるし、頭抱え込んで丸くなっちまってるし。
つか、そこ突っ込むのがファルンでどうするんだ。お前さん、俺の下僕だけどマール教の僧侶なんだから。
マール教の僧侶が、マーダ教信者を見つけるってのは……ミンミカにとってみれば、死を覚悟しなくちゃいけない状況なわけで。
ただ、ここにいるのは実は違う、ってことを教えてやらないと。
「そうでしたか。よかった」
「ほえ」
だからカーライルのその言葉は、割と当然のように発せられた。もっとも、涙目のミンミカはきょとんとしてるけれど。
シャツの胸元から、ペンダントを取り出すカーライル。俺も初めて見たそれはミンミカの持ってるのと同じ形だけど、ちょっとした石が入ってたりして見た目少しだけ豪華に見える。
「私はマーダ教の神官、カーライル・ドーと申します。我らが神の敬虔なる信者よ」
「え?」
ミンミカもびっくりしたみたいだけど、俺も別の意味でちょっと驚いた。ドーって、名字だよなあ。
「あ、名字あったんだ。カーライル」
「表には出せませんので、あまり思い出すこともないんですよ」
「そういや、一族壊滅したって言ってたっけ」
こいつが前に言ってたことを思い出す。一族は滅ぼされて、カーライルは何とか生き残った。
俺の神官の一族だもんな。そりゃ、マール教が幅利かせまくってる世界じゃ滅ぼされるわ。そして、カーライルは自分の家の名前も出せなくなった。
そのカーライルの次に、シーラが少し微笑んで自分も名乗る。
「自分は『剣の翼』ルシーラットだ。名前くらいは知っているだろう?」
「ルシーラットさま? え?」
シーラが本来の名前を告げると、ミンミカは慌ててちょこんと正座した。ぴるぴるしてる耳、可愛いなあ。
「サブラナ・マールによって封じられていたのだが、我らが神のお力によって世界に戻ってきたのだ」
「アルニムア・マーダさま、の?」
え、え、えって感じでミンミカの思考がついていっていないのが、その戸惑ったような表情で何か分かる。ウサギだけど。
「わたくしは確かにマール教の僧侶ですけれど、アルニムア・マーダ様……今そこにおられるコータ様の下僕として、忠誠を誓っております。だから、心配なさらないで」
「いまそこに、え?」
ファルンが全力でぶっちゃけた。ミンミカ、完全に置いてきぼり状態である。仕方ないけどな。
そうなると、当然俺も名乗らなくちゃいけないよな。せっかくだし。
「というわけで、実は俺がそのアルニムア・マーダ……の成れの果て、というところだ。前の戦でえらい目に合わされた結果だけどさ」
「……アルニムア・マーダさま……」
ぽかーん、という擬音が大変良く似合うのが、今のミンミカの表情である。目を丸くして、口開けて、俺のことをガン見してる。
この世界でアルニムア・マーダという邪神がどういうふうに伝わっているかは、ちらりとだけカーライルに聞いたかな。恐ろしき邪神、男を滅ぼす魔女とか何とか。
さて、その言い伝えに出てきた魔女とやらの成れの果てを見て、ミンミカはどう思ったか。
「ちっちゃくて、かわいい、です」
「はい?」
「あらあら。ミンミカさん、ホントの事言っちゃって」
あのねミンミカさん、赤らめた頬に手を当てて照れた顔ってどういうことですか。
それからファルン、突っ込むところそこじゃないと思うぞ、多分。
「致し方ありません。今のコータ様は、まこと愛らしくていらっしゃいますから」
「もちろんですとも。このカーライル、コータ様の最初の配下となれたことを感謝致しているのですよ」
シーラ、カーライル、何わけのわからないこと言ってるんだお前ら。そんなにロリっ子は強いのか。いやそこじゃない。
というか、話がそれたがとりあえず、俺はミンミカの精気を吸いたいんだよね。そもそも。
「それでえーと、精気の件なんだが」
「はい、アルニムア・マーダさまだったらいっぱいさしあげます!」
「え、信用すんの?」
でもさ、あっさりうなずかれたら、さすがに驚くよ。物証も何もなしに、俺がお前さんの信じてる神様でーすなんて言ってるんだぜ。周囲にうさんくさい大人はべらせた、外見角尻尾ありのロリっ子が。
どう見ても詐欺師集団だろうが、これ。いや、自分で言うのも何だけど。
それでも、この純粋な信者は俺の……いや、俺たちのことを拝むようにして、とっても嬉しそうに言ってくれた。
「うそつき、じゃないとミンミカはおもう、です。すくなくとも、カーライルさんは、マーダきょうのかんじがする、から」
「俺ですか」
カーライル、顔がひきつってるぞ。マーダ教の感じがするってことは、感のいいやつにはバレそうってことだから、かね。
「それに、アルニムア・マーダさまがかわいいので、ミンミカはだいじょうぶです」
「ああ、そうか。ありがとう」
まあ、何か単純っぽいし、万が一のために吹き込んでおくかな、とは思った。それと、名前だけ何とかしような、ミンミカ。
「今の俺はコータだから、外でもそう呼べよ。アルニムア・マーダなんて名乗ったら、マール教が大喜びでとっ捕まえに来る」
「そ、それはこまる、です」
「だから、頼むぞ」
「わかりましたです、コータさま!」
はしゃぐミンミカを黙らせるように、唇を重ねる。ウサギ娘の精気は、どこか青臭い感じがした。多分、気のせいだけど。




