002.ひとまず一体どうなった
「とりあえず見んな」
「はっ、失礼いたしましたっ!」
ひとまず胸……はまあ小さいし髪の毛で隠れてるからともかくとして、下を隠しながらこっちガン見してる兄ちゃんに怒鳴る。我らが神とか何とか言ってた兄ちゃんは慌てて向こう向いて、それから着てた長いジャケットみたいのを脱いだ。
「ど、どうぞ。ふさわしいお召し物を持っておりませんでしたので、ひとまずはこれを」
「お、おう、ありがと」
俺が見んな、と言ったせいか目をそらしながらジャケットを差し出してくれる。そういや俺の服なさそうだしな、助かった。
ひとまず受け取って、着てみる……うあ、重い。布は厚くないんだけど、でかいから。
当然だが兄ちゃんより今の俺のほうがちっこいわけで、だから裾は引きずるし袖から手が出ねえし。まあ、石とか金具とかがほとんどついてないのは助かったけどさ。かちゃかちゃうるさいし。
「……うわ」
で、ジャケット羽織る際に気づいたことがある。角としっぽ、付いてるわ。
角は……鏡ないから見れてないけど、額の横辺りから生えて頭に沿うように後ろ伸びてるのが左右一本ずつ。動物の角なんて触る機会なかったから分からないけど、水牛か何かみたいなのかね。
対してしっぽの方は、髪の毛とよく似た感じのふさふさふわふわだった。色は銀なので、銀色の方の髪の毛と間違えたかと思ったけどなにげに感覚があった。おお、自分の意志で振ることができるぞ、これ。
兄ちゃんや姉ちゃんたちにはそういうの付いてないけど、こういう種族がいるのか俺オンリーか、その辺は分からない。
分からなければ、聞いてみればいいんだけどな。
「……あー、もういいぞ」
「はい」
再び声かけたら、兄ちゃんは恐る恐るこちらに視線を戻してきた。あ、そうだ。落っこちた僧侶姉ちゃんと吹っ飛んだシーラ、どうするかな……と思ってたら、俺の口からするっと言葉が出た。
「あ、ひっくり返ってる二人連れてきてくんね?」
「は、承知しました」
兄ちゃん、その言葉に素直に従って石段を降りていく。いや、連れてきてもらってどうするんだろ俺、と思ったんだがな、自分でも。
でもさ、この兄ちゃんそれなりに力はあるんだよなということには気がついた。ジャケット脱いだら結構細マッチョだったし、もしかしたらとは思ったんだけど。
「お、お持ち、しました」
「悪い、力仕事苦手そうだな」
「は、はあ。ですが、ご命令ですから」
先に僧侶姉ちゃんを担いできたのはいいけど、後から持ってきたシーラは金属鎧だもんなあ。こういう世界だと軽量化されてるのかもしれないけど、兄ちゃんは結構疲れた顔してた。でも、一人で担いでこられるだけの力はあるし、ここは石段の上だし。
悪いなあとは思いつつ、この身体で手伝える気は全くしないので手は出さない。袖まくり上げたけど、やっぱりぶかぶかで動きにくいし。
見てる間に兄ちゃんは、姉ちゃんたちの手首足首を彼女たちのベルトなり何なりを使って器用に縛った上でシーラの剣、僧侶姉ちゃんの杖を外して持ってきた。ああ、武装解除ね。確かに、またぶん回されたらこっちがやばいし。
「終わり、ました。これで、しばらく、大丈夫です」
「うん、ありがとう」
さて、よく分からんがこの兄ちゃんは俺に好意的、であるのは間違いないので事情を聞いてみることにする。とはいえこの兄ちゃん、どこまで知ってんだかねえ。
「さて。悪いけど、状況と事情説明してくれねえかな。何でこんな事になってるのか、俺にはさっぱり分からねえ」
まあともかく、一体何がどうしてこうなったのか説明してほしい。もっとも、褐色小娘の中身が社畜にーちゃんとか言われても向こうも困るだろうけどな。つか、こういう世界って社畜なんて言葉なさそうだけど。
「……はあ」
こら兄ちゃん、お前もえー、なんて顔してんじゃねえよ。多分、俺が今してる表情だろうけどさ。
「あの、どの辺りから分からないのでしょうか?」
「この世界が何なんだとか、何で俺がこんな身体なのかとか、そこら辺全部」
「うわ」
「それは俺が言いてえ」
うわ、って言ったときの兄ちゃん、目を丸くしてほんとにまじかー、なんて表情してた。済まん、兄ちゃん。
うんまあ、ラスボスて起きたらある程度の状況は把握してそうなもんだしな。何も知らねえなんて言われて、呼んだ方が困るだろ。
しかし、俺は本気で何も分からないので事情説明を要求するわけで。つか、これ帰れるのか? いや、帰ったら帰ったで社畜生活再開なわけだけどさ。
「まずは、私のことからでよろしいでしょうか」
「ん?」
おっと。
そだな、少なくとも俺の味方っぽいしな、兄ちゃん。もしかしたら長い付き合いになるかもしれないし、そうでないかもしれないし。
でもまあ、兄ちゃんの名前なり知っといた方がこっちも呼びやすいから、俺は「あー、そうだな」と頷いた。
「私の名はカーライル。貴方様……我らが神であらせられるアルニムア・マーダ様に古くからお仕えする、神官一族の末裔……といいますか、数少ない生き残りの一人でございます」
「数少ないのか」
「はい。こちら側の信者は多くが排除されましたし、残った者は表立って貴方様への信仰を口にすることはできませんので」
「……」
なるほど。あの姉ちゃんたちが言ってた邪神官、ってのはそういうことなわけね。……マジ邪神というか、そういう扱いなわけか。
てか、アルニムアなんとかっって舌噛みそうな名前なんだな、この身体。何か慣れねえし、呼び名は変えてもらおう。
「ああ。俺のことは洸汰、と呼んでくれ。そっちのほうが呼ばれ慣れてる」
「コータ様、でございますか」
「様はいらねえけど、まあいいや。それに、そういう状況ならアルニムアなんとか? そっちの名前で呼ばれたらまずいだろ」
「なるほど、確かに」
こいつ、カーライルが知ってるのはつまり邪神だか何だかの名前なわけで、そんな名前で呼ばれたりしたらえらいことになるのは間違いなさそうだしな。信者の多くが排除されたり、表立って信仰を口にできないってことは。
 




