295.長き龍生その果てに
「ヴィオン」
「はっ」
すべすべ、と見せかけて年輪みたいな軽い凸凹がある逆鱗の表面を撫でながら、俺はこれを守ってきた龍人の名前を呼んだ。
いやだって、龍の急所ってことは逆にいちばん大事なところなのは分かる。でも、何でクァルードはこれを俺に遺したのか。
「クァルードは、これをどうしろとか言っていたか?」
「ご自身は、アルニムア・マーダ様にお仕えするために必ず戻ってくると。それまで、その逆鱗があなた様の御身をお守りする盾となろう、とおっしゃっておられました」
「盾かあ」
……それでいいのか龍王クァルード。まあ、生まれ変わってきたらまた別に生えてるだろうけどさ。
確かにこの逆鱗は、俺の顔すっぽり隠せるくらいのサイズだもんな。軽いけど固いし、盾としては十分使えると思う。
「ありがとうな、ヴィオン。きっとクァルードを探し出して、これの礼を言うから」
「ははっ。アルニムア・マーダ様直々にお言葉をいただき、このヴィオン、これ以上の幸せはございませぬ」
喜んでくれたみたいだけど、ヴィオンはとても疲れたように一度目を閉じる。ゆるり、と再び開かれた目はものすごく鈍くなっていた。
「……これで、ようやっと黄泉に渡れます」
そう、彼が言わなくても何となく、俺にもルッタにも分かっていたんだと思う。
「わしはもう、寿命を超えております。アルニムア・マーダ様に生きて再びお会いできたことで、長すぎた生命を終えることができます」
ヴィオンは、その意味でも動くことができなくなっていたんだと。だからルッタはここを動かず、俺がこっちに来るのを待っていた。
そして。
「コータ様。どうぞ、この忠臣にお言葉を」
「うん」
そんな言葉を、俺に投げかけた。
忠臣。本当だ、ルッタの言うとおりだな。
クァルードの遺言を守って、俺が復活してここに来るまでずっと待っていてくれた。
そんなヴィオンに、俺は長い言葉はかけられなかった。だから、ひとつだけ。この言葉、知っててよかった。
「本当にありがとう、ヴィオン。大儀であった」
「ありがたき、おことば」
その一言を最後に、ヴィオンはゆっくりと目を閉じた。その身体がさらさらと、砂のようになって崩れていく。
あまりにも長く生き過ぎたから、こんなふうに終わるのか。がさがさに乾燥していた身体が、あっという間に小さく小さくなっていって、砂の山へと変わるのにほんの数秒しかかからなかった。
それでも、ただ一つ残ったものがあった。
「あっ」
ばさん、と軽いけど固い音。
ヴィオンがいたその場所の真ん中、石の床にうず高く積もった砂。その上に、落ちたものがある。
クァルードのものより色も鈍いしヒビも入っているけれど、これだけは残った、ヴィオンの逆鱗。
「そっか。死んだら、残るんだ」
クァルードの逆鱗をルッタに預けて、ヴィオンのそれを拾い上げる。かっさかさでずっと軽くてもろくて、これは盾には使えない。
だけど。
「お前も連れて行くよ。ずっと地下だったから、外は眩しいぞ」
がさがさの表面をなでて、そう言った。それからルッタのところに戻って、ヴィオンの逆鱗を差し出す。
「コータ様」
「ヴィオンは、お前が持っていてくれ。クァルードが復活したときに、会わせてやりたい」
「仰せのままに」
頭を下げた彼女にヴィオンの逆鱗を渡し、クァルードの逆鱗を引き取る。
二枚の、彼らが生きた証を手に、俺たちは部屋を出た。




