294.長き龍生その果ての
俺はそのドラゴンに近づいて、手を伸ばした。さわれたのは鼻の頭で、やっぱりガサガサになっている。
「この者はクァルードの側近、ヴィオンと申します」
「ヴィオン、か」
ルッタから名前を聞いて、それを繰り返す。俺に会うためにずっと待っていたのか、と思うとこのガサガサもいいよな、と思う。
思うんだけど、でも。
「よく待っていてくれた。……外に出られなかったのは、何か理由でもあったのか? いや、ここまで年をとる前にお前なら、人に紛れることもできたんだろ?」
「我らが長、クァルード様のご遺言とご遺品をお預かりしておりますでな。確実にあなた様にお渡しする日が来るまで、何があろうとも死ぬことはかないませんでした。故に籠もっておりますうちに年を取り、姿を変えることもできなくなりました」
ここからルッタが動かせなかった理由はこのサイズだから、って分かるんだけどその前に自分で出られなかったのか、という疑問。それも、ヴィオンはあっさり答えてくれた。
そうか……年食いすぎると、変身もできなくなるんだ。人型のまま戻れなくなった龍人族とかも、もしかしたらいるのかもしれないな。探しようがないけどさ。
「クァルードの、遺品?」
「アルタイラ様、バングデスタ様、そしてネレイデシア様。皆々様、一度黄泉に参りそこより戻ってこられました。それと同じように、クァルード様も戦のあと一度黄泉に落ちておられます」
言われてみればそうだな。シーラもそうなんだけど、どうやら一度死んで生まれ変わってきた連中ばかりらしいし。俺もある意味、その範疇に入るわけだしな。
そっか、やっぱりクァルードもどっかにいるはずだよな。で、俺に吸われるのを待っている……いや、今の当人としては待ってないか?
「お前は側近だから、その前に預かったのか」
「はい」
ゆったりと、ほんの僅か顔を動かして頷いた後ヴィオンは、自分の前にぐるんと回してある尻尾を少し動かした。その中に隠してあった布包みを、ルッタがうやうやしく持ち上げて俺のところに持ってくる。直径五十センチくらいの、円形の何か。お盆みたいな感じがして、かなり固い。
「ご遺品はこちらに。クァルード様が遺された、逆鱗でございます」
「逆鱗って、触ったら怒るやつ?」
「左様で」
逆鱗に触れるってめっちゃ怒られるってやつだよな、と思い出しつつ尋ねてみる。こちらでも、意味は同じらしい。
布を取ってみると、半透明の素材でできた鱗が魔術灯の光を映して虹色に染まっている。うわ、マジ綺麗だ。
「わたくしめにも、ここに生えております」
「ああ、ここなんだ」
ヴィオンが重い身体をよいしょ、とばかりに起こして見せてくれたのは、顎の下あたり。確かに一枚だけ、何か変なふうに生えてる鱗がある。これが逆鱗、らしい。
えーと、ここ触って猫なら喜ぶけど、でもなあ。
「そりゃ怒るだろ、ここじゃあ急所みたいなもんじゃないか」
「そうおっしゃってくださると、龍人族としてはありがたいことでございます。実際に生命に関わる急所なのでございますが、無作法な者共は平気であろう、強い種族なのだからとむやみに手を伸ばしてきますでな」
「あー」
マジで急所か。
相手の都合も考えずに急所触ったら駄目だろ。いやほんと、そりゃ本気で怒るわ。
……クァルードは、俺のためにそんな大事なものを、遺してくれてたんだ。




