293.部屋の中にひそむもの
「こちらでございます」
ルッタに案内されて、さらに砦の奥に進む。奥というか多分、裏に近くなってるらしく空気の湿度は少し下がった気がするな。
さっき言ってた居住区の方に進んでるんだろうし、全体的に環境が良くなってきてるんだろう。
「ところで、アルタイラ」
「何だ?」
ふいに、スティがルッタに声をかける。その間も足は止まらないままで、まあ大した内容じゃないんだろうな。
「なぜ、こちらにいる御老体は動かせんのだ?」
「御老体すぎる故だ」
単純な質問に、もっと単純な答え。要は寝たきりとかそういうもんなのかな……あ、でもそれなら、ルッタが抱えて出れば済むことか。
「龍人族はそもそもかなりの長寿だがな、ここにいる者はその中でも限界を越えているレベルの老体だ。故に、動かすこともかなわん」
「そっか。そんなに長く生きてるんだ」
「そのとおりでございます。ずっと、コータ様のご復活を待ち望んでいたと」
俺がつい声を漏らすと、ルッタは深く息を吐きながらそう答えてくれた。
動けなくなるくらい長い、長い間生きてきた龍人。俺が復活するかどうかなんて分からなかったのに、それでも待っててくれたのか。
「この部屋でございます」
やがてたどり着いたのは、そこそこいい感じの扉がついた入り口だった。他に人を見かけなかったから、その老人だけがずっとずっと残っていたのだろうか。
ルッタが軽く扉を叩いて、それから中に声をかけた。
「アルタイラだ。ヴィオンよ喜べ、アルニムア・マーダ様が自らおいでくださったぞ」
「なんと……」
部屋の中からは、かすれ声が何とか聞こえた。どうやら、待っていてくれたのはよぼよぼのおじいちゃんらしい。
「どうぞ、お入りくだせぇ」
「分かった。どうぞ」
「おう」
昔の名前で呼ばれたのは、情報が更新されてないからだろうな。ルッタは今の呼び方を知ってるけど、中にいるおじいちゃんは知るわけがないし。
そんな事を考えながら、ルッタが開けてくれた扉の中に入る。……うん、こりゃ動けんわ、とひと目で分かった
「おお、おお……幼きお姿ですがまっこと、アルニムア・マーダ様に間違いはございませぬ」
だって、部屋の中にいたのは『ちょっとでも動いたら部屋が崩れる』くらいでかいドラゴンだったから。西洋系の、ゲームで出たら火やらビームやらを吹きそうな奴、翼ないけど。
ただ、灰色の身体はシワとひびで覆われていて、こっちを見てる目も白っぽくなっていて、ものすごく年寄りだってのは分かった。
でも、俺をひと目見てちゃんと、昔の名前でだけど呼んでくれた。
「分かるのか?」
「わたくしめは、かつての戦の折にアルニムア・マーダ様にお目見えしたことがございます。お身体が小さくなっておられるとはいえ、その気配はかつてのまま」
「そうなんだ」
気配がそのままって、前の俺どんなだったんだと疑問に思う。だけどまあ、思い出せないのは仕方がないからな。
でも……だから。
「……昔の俺を、知っててくれてるんだな。ありがとう」
俺は、この老龍人に礼を言った。




