269.狼さんは分かってる
案内されて入った屋内には、部屋という区切りはない。要はワンルームだな。
で、その一番奥、少し高さのある座椅子に族長であろう、純白の狼さんが腰を下ろしていた。ゆったりとした布のローブっぽいのを着ていて、ぱっと見でもそこそこ年齢行ってるなー、というのは何となく分かる。
「狼族を束ねております、ゼルミーシャにございます。足を悪うしておりまして、このままで失礼させていただきます」
「ああ、それならしょうがないな。気にしなくていい」
ゼルミーシャ、と名乗った族長さんはまず、そう言った。なるほど、娘さんを迎えによこしたのも自分が動けないからか。
そりゃ、無理しない方がいいに決まってる。動けなくたって、これまでに積み上げた知恵や知識は大事だしな。
さて、ではこちらも名乗るか。きちんと、な。
「アルニムア・マーダ。人前では名乗れないから現在ではコータ、という名を使っている。この二人は配下でミンミカと、ルシーラットという」
「ミンミカです。よろしくおねがいしますっ」
「翼王アルタイラ様の配下、ルシーラット。コータ様と同じく、現在人前ではシーラと名乗っている」
「コータ様とミンミカ殿、シーラ殿でございますね。分かりました。では少々失礼をば」
さすがは族長、すぐにこちらの事情を理解してくれた。その上で、今使っている名前で俺たちをそれぞれ呼んでくれて、それから「ゾミル」と娘の名前を呼ぶ。
「はい、族長」
「わしは、そちらの座に移る。肩を貸せ」
「は?」
「急げ」
「は、はいっ」
一瞬、族長が何言ってるのか分からなかったんだろうな。でもゾミルは、族長の強い口調に反射的に従った。
ゼルミーシャが移ったのは、今自分が座っていた座椅子の向かいにあるじゅうたん、その上に並べてある推定座布団。これもなにかの毛皮で作られてるみたいだけど、厚みがあるから中綿か何か入れてるらしい。
そうして、そこに腰を下ろしたゼルミーシャは俺に向かって、こう言った。
「どうぞ、コータ様。お座りくださいませ」
「いいのか?」
「この場においてそこに座すべき者は、貴方様をおいて他にはございませぬ。ゾミル、お前も膝をつけ」
「……はい」
そう言われると、さすがに断る理由もないしなあ。ひとまず、木を組み合わせた上にやっぱり毛皮でカバー作ってるらしい座椅子に腰を下ろす。今の俺は身体が小さいから、これでも結構普通の椅子みたいになるな。
両脇にシーラ、そしてミンミカが立ったところで、ゼルミーシャが上半身を前に倒した。えーと、つまり頭を下げてるんだけど。
「まずは我らが、神直々のお越しを乞うたことを詫びねばなりませぬ」
「族長!?」
「いや、気にしなくていい。頭を上げてくれ」
うんまあ、俺呼んだ理由分かるよ。いくらスティが来たからと言ってもなあ、さすがにな。
「いきなり俺が復活したとか言われて、はいそうですかと何の根拠もなしに信じるほうが問題だよ。詫びることはなにもない」
「寛大なお言葉、ありがとうございます」
相変わらずゾミルは半信半疑というか九割型疑ってるようだけど、族長であるゼルミーシャは俺がアルニムア・マーダだってことに全く疑いを持ってないようだ。俺を直接見たからか、もしかして。
……そういえば。
「ルシーラットやバングデスタは何と言うか、感覚で分かったようだけどな。ミンミカもそうか」
「だって、コータちゃまがコータちゃまだってミンミカ、わかりましたですもん」
「マーダ教に深く帰依しておればおるほど、我らが仕えるべき神という存在を知識などによらず理解できる。そういうものなのだそうです」
何、その便利機能。いや、味方であればあるほど俺が俺って分かってくれるんなら、それはとってもラッキーだけどさ。
……マール教側だったルッタが俺を分からなかったのも、そういうことなのかな?




