246.意外にスルッと進んでく
スティが連れて行ってくれたのは、日の出を見る場所からだいぶ山の中に入った小さな広場だった。途中で森の間を抜けてきてるんだけど、うっすらと獣道っぽい跡が残ってるから帰るのに問題はなさそうだ。
「今の時間ならまだ暗いから、まず人は来ない。安心しな」
「それは助かります」
日は出ているんだけど、森に囲まれた空間だからかまだ薄暗い。その中でスティは、金色の両目をらんと輝かせながらこちらを向く。
それに対して、カーライルが平然と答えるのはすごいなあ、お前。ウサギ兄妹、迫力にビビって俺やシーラの後ろに隠れてるぞ。せめてジランドにしろ、ジランドに。
さて、人がいないところなのでこちらも、ある程度ぶっちゃけることにしたほうがいいか。
「さて。俺を探していたようだが、何でだ」
「なぜ、とおっしゃいますと?」
「あいにく俺は、マール教にはあまり好感がなくてな。そちらの事情であれば、ここから去る」
ファルンが問い返したところで、スティの口調が少し厳しくなる。ああ、こいつは意外に俺寄りなのか、ラッキー。
ルッタみたいにとりあえずたたっ斬る、なんて来られると大変だもんな。んじゃ、ストレートに行くか。
「俺が話をする」
「コータ様」
俺が普段の口調で話しながら踏み出すと、さすがにシーラが少し焦った。相手は四天王だしな、お前でもやばいかもしれないから。
でもまあ、まずは話してみるしかないだろう。スティも、そのつもりで待っていてくれてるから。
「俺たちの匂いがちょっと違う、って言ってたな。どんなふうに違うんだ」
「おお、お嬢ちゃんがボスか……というか」
にま、と虎の目が細められる。そうして……え、あれ?
「多分、俺が仕えるべきはあなたなのだろうな」
「え」
何であっさり、俺の前にひざまずくかね。おいサブラナ・マール、洗脳甘くね? ちゃんとやることやってる?
あと、スティがこうなのになんでルッタはああなんだ、と文句をつけるのは後にするぞ。スティが分かってくれてるなら、話は早い。
「スティ、だったな」
「はい」
「真の名は何というか、覚えているか」
「あいにく、思い出せない。今の世では、生まれたときからスティと呼ばれている」
「そうか」
なるほど。スティは今の本名なんだな、彼女にとっては。
しかし、ルシーラットがシーラだったりネレイデシアがレイダだったり、サブラナ・マールってネーミングセンスあんまりないのかもしかして。名前で何となく分かる、ってのは良いけどなあ。
では、俺が名前を教えよう。そんでもって、例の白いもやを吸い出せば済むはずだ。
「……獣王バングデスタ。それがお前の名だ」
「アルニムア・マーダに仕える獣の王か。では」
「まあ、すぐ分かる。いただきます」
「は?」
人が来ない、と言っても夜は明けてるしな。とっとと片付けよう、うん。
そんなわけで、ひざまずいてくれたおかげで目の前にあるスティのもふっとした口元に、俺は口づけた。猫にキスしたこともないのに、虎かあ。
「ん、んんんんっ」
お、お久しぶりの柔らかいグミっぽい感触。そいつを歯でしっかり噛んで、そのままスティの中から引きずり出す。ずるずるっと、一メートルくらいの白いもやが出てくるさまは正直気色悪いんだよなあ、まったく。
「んふあっ」
「シーラ!」
「はっ!」
腰が抜けたのか、尻もちついてるスティは使えないだろうからシーラの名前を呼ぶ。彼女、すぐに足を持ち上げて踏みつけた。ぐりぐりぐり、とかかとでにじってもなかなか消えない……しつこいなあ。
「よくわかりませんが、加勢します」
「つぶしゃいいんすね!」
と、ジランドとコングラががしっと踏みつけに参戦してくれた。ぐりぐりぐりぐりぐり、さすがに三人もにじってくれればやがて、もやはぷすんと空気が抜けたように潰れて、そうして消えていった。
「……ふえ、しつこいもやだったですう」
「びっくりしたあ」
相変わらず最後方からこっち見てるウサギ兄妹は置いておこう。涙目になってないで、周囲警戒しとけやお前ら。
「……ああ」
そうして俺の目の前で、虎の姐さんはやっと腰を上げた。軽く周りを見渡してから俺に目を留めて、そして。
「確かに俺は、バングデスタ。アルニムア・マーダ様、お久しゅうございます」
再び、俺の前に頭を垂れた。




