236.ゆっくりこの先を
「マール教の支配が絶対だめだ、とは言わないけどな」
俺がそんなことを口にすると、一瞬にしてこっちの牛車の中が緊張した。ああうん、俺の立場でそういう事言うの、おかしいだろうしな。周りにいるのは全員、俺の配下たちなんだから。
「でも、教主が僧侶さんたち好きにしたりマーダ教信者に圧力かけたり、ってのはどうかと思うんだよね。されてる方だから言えるのかもしれないけど」
「それは、こちらにも言えることです。我々マーダ教は、マール教を目の敵にしておりますゆえ」
「うんまあ分かるけど」
一足早くいつもの調子に戻ったカーライルが、俺の言葉に答えてくれる。こいつの言い分も、俺は分かってる。……カーライル、身内亡くしてるからなあ。
あいにく、今コータと名乗ってる俺は宗教色のうっすい生活してたから、今のマール教とマーダ教の対立についても実はしっかり理解できてない気がする。俺が邪神で、俺に祈るような奴らがいじめられてる、くらいの認識しかない。
「コータ様、お優しいですなあ」
「俺が追放されたとか、そういう実感がないからかもしれないけどな」
ジランドが呆れるのも、無理はないと思う。自分たちが拝んでる神様が、敵対する連中のことをだめだと思ってないわけだし。
こんな神様でごめんなあ、とは思うんだけどさ、でも。
「俺やマーダ教が勝って、それでマール教信者を弾圧したら結局は同じことだからな」
「……」
「ものすごく未来に、同じように復活したサブラナ・マールやその配下たちが俺たちを滅ぼしに来る。あいつらは俺のことを邪神と言うけれど、一緒だよ」
さすがに、カーライルもシーラも息を呑んだみたいだ。
この世界は、先の戦争でサブラナ・マール側が勝利した結果こうなったわけだ。立場が逆だったら今頃、俺は神都サブラナ……じゃねえ、アルニムア? まあどうでもいいけど、そこで今でも男から精気を吸いまくってたかもしれない。
「ま、とはいえサブラナ・マールや教主たちをほっとく気はない」
今俺が外見ロリっ子中身社畜、という訳わからん仕様になっているのは少なくともサブラナ・マールのせいだ。これが悪いわけではないけどさ、カーライルが家族をなくしたりシーラたちが白いもやっぽいの飲み込まされていたのはさすがに、なあ。
「少なくとも世界を追い出されたり、こういろいろあったわけだしな。マーダ教の立場を回復して、あと連中の顔面に一発くれてやるつもりはある」
「それだけですか?」
ありゃ、なんかシーラに頭なでられた。声は少し困ったような、笑ってるような感じだから、呆れられてはいないみたいだな。
向かいにいるカーライルも、穏やかに笑ってこっち見てるし。
「んー」
それだけ、と言われてもなあ。他にやること、やること……あ。
「教主の女を吸いまくってこっちにつける、かな。こっちだってシーラやレイダやルッタを盗られてたんだ、そのくらいやってやらないとな」
「それでこそ我らが神、コータ様です」
この世界では邪神なだけに、どうせやれることなら全力でやってみたいだろ。その中にはシーラたちのように、元々俺の配下だったやつだっているだろうし。だから、そう答えたんだが。
いやカーライル、そこ拳握って肯定するところじゃないだろ。いくら俺がお前の神様でも、さ。




