021.ちょっと大きな町の宿
『山宿』を朝に発ち、そこからのんびり移動してスラントの町に到着したのは日が傾いた頃だった。
時間経過が俺の元いた世界と近いかどうかはちょっと分からないけど、俺が認識できる限りではこっちでも太陽、と呼ばれてるお日様は東から上って西に沈むので、その辺りは迷わなくて助かった。
「ようこそ、スラントの町へ」
看板に『麓の祠亭』なんて書かれてある宿屋に部屋を求めた俺たち一行に、フロントの女将さんと思しき恰幅のいい中年女性は一瞬だけ目を丸くした。多分、ファルンがいるからだ。
「ありがたいことではございますが、僧侶様であれば教会に泊まることもできるのではないでしょうか」
迷惑そうではなく、純粋にその方がよくね? という顔でそんなことを言ってくる女将さん。だけど、ファルンはにっこり微笑んで俺たちの方をちらりと振り返ってから、答える。
「連れがおりまして。それにマール教の僧侶としては、自らの修行で教会に負担を掛けるわけには参りません。民の間に分け入ることも、修行の一環なのです」
「良いお心持ちです。どうぞ、お使いくださいませ」
「ありがとうございます」
うーむ、うまく丸め込んだようだ。いや、要は邪神であるところの俺とその神官であるカーライル、邪神の配下なシーラをほいほい教会に泊めて何かあったら怖い、からなんだけど。
で、ファルンが手続きやってくれたからかカーライルがいたからか、案内された部屋は二間続きだった。狭い方にカーライル放り込めそうなんで、ちょうどいいや。
「疲れたー」
ぼふん、と大きい部屋のベッドに倒れ込む。
野郎がこれやってもガチで疲れてるんだろうなあ、となるんだろうが、幸い俺は外見のみだがロリっ子だ。あんまり気にしなくてもいいのは助かる。一緒にいるのみんな味方と下僕だし。
「コータ様、お疲れ様でございます」
「小さなお身体なので、疲れが溜まりやすいのかもしれませんね」
ファルンが苦笑しながら、カーライルが荷物を片付けながらこちらを伺ってくる。室内を点検していたシーラは、よしと確認を終えた後こちらに振り返った。
「今後は気をつけてくださいませ。何なら、自分が修行をつけますが」
「すっごく厳しくなりそうだからやめて」
「加減はするつもりです」
とっさに即答で断れた俺、偉い。だってシーラ、剣士だもんな。彼女の修行となると、すっごく体育会系になりそうでさ。
というか……マジ疲れた。具体的に言うと、空腹……飯食いたいじゃなくて、この感覚はアレだ。
「……ファルン、腹減った。飯食う方じゃない意味で」
「あ、はい。承知いたしました」
ベッドの上に座った俺の前に、ファルンが腰を落とす。で、向かい合って顔を近づけて。
「いただきまーす」
「んっ」
ついつい言ってしまうのは習慣だからな、もうしょうがない。軽くすう、と息を吸い込むようにファルンの甘い精気をもらって、よし満足。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
これもすっかり習慣である。俺にしてみれば精気は食事で、それを準備してくれたというか何というか……なのはファルンだからな。
ふう、だいぶ楽になった。飯食ってあー腹いっぱい、というのとはちょっと違うんだけど、同じような感覚になるんだよね。
「コータ様の空腹を満たすためにも、いくらか見繕ったほうがよろしいでしょうか」
「そうですね。ファルンとシーラだけでは、回復も大変でしょうし」
俺たちを見ながら、シーラとカーライルが考えるような顔になっていた。
見繕う、ってのは俺の食料……つーか下僕の確保だろうな、この場合。吸うだけならそこらへんの女の子をとっ捕まえてもいいんだけど、下僕にして口封じておかないとマール教にバレてえらいことになる。
エンデバルの俺の信者たちみたいに。




