214.あなたはどこまで知ってるの?
「若い衆には全く気配が分かっちょらんようじゃが、伊達に年は食っておらんわえ」
穏やかに笑いながら、そんなことをおっしゃる庵主様。
さすがにカーライルとシーラが、一瞬にして戦闘状態になる。いや、まだここ集落の中だから杖握りしめたり剣の柄に手をかけたりしただけだけど。
ジランドたちも眉をひそめて拳握ってるし、ウサギ兄妹はなぜか俺の後ろに回っている。何でだお前ら、カーライルと同じように杖握りしめたファルンを見習え。
そんな俺たちを前にして庵主様は、全く態度を変えずにしれっと言い放った。
「これ、殺気立つのはやめておけ。うちの子たちが相手なら、倒せんまでも無傷で逃しはせんわえなあ」
うちの子って、多分狩人さんたちのことだよな。まあ確かに、その人たちならある意味実戦経験豊富だろうな。狩るっつったって草食獣ばかりじゃない、同じ獲物を狙った肉食獣とやり合うことだってあるはずだから。
さて、どうするかと俺が考える前に、カーライルが警戒を緩めた。そうして、この中で一番暴れたら怖いやつに声を掛ける。
「……ここで敵を増やすのは得策ではありませんね。シーラ様、お引きください」
「……分かった」
マール教以外に、ここの狩人さんたちを敵に回すことになるからやめとけ。
要はそういうことなんだけど、シーラは多分それを汲み取ってくれて剣から手を離した。その他の皆も、戦闘態勢を解く。んでアムレクとミンミカ、お前らいつまで俺の後ろにいるんだ?
「っていうか、通報とかしないんですか?」
「別に、迷惑なんぞもかけられとらんしのう」
ウサギ兄妹はともかく、その辺りも疑問だったので尋ねてみたらあっさり答えが返ってきた。うんまあ、迷惑振りまくのは得策じゃないしな。多勢に無勢がすぎるこの状況、さらに敵を増やす必要はほんとにないし。
「食料に金を払うてくれたし、使うた小屋もきれいに掃除してくれた。お前さんたちはわしらにとっては、ただのお客人じゃよ」
それはまあここに泊まる際に言われたことだし、当たり前のことだと少なくとも俺は思う。こっちの世界じゃどうかは分からないけれど。
「マール教でもマーダ教でも、人様に迷惑かけんならわしは知ったこっちゃないえ」
「……お心遣い、痛み入ります」
「なに、マール教が大手振りまくっとるせいで暮らしにくかろ。ちょいと休めたんなら、そりゃあ良かったわい」
ジランドが頭を下げると、庵主様はカカカという感じで笑っていなしてくれる。いや、これで俺たちがいなくなった後通報、なんてこともなさそうだな。そうされたら、それはこっちに人を見る目がなかったってことになる。
そんな俺たちを庵主様が振り返り、一瞬だけ真面目な顔になって言った。
「悪さはするでねえぞ。ええな」
「はい。ありがとうございます」
これはシーラの返事。ま、彼女は俺に何かなきゃ悪さなんてしないだろうけど、そこまでは庵主様にゃ分からないか。
というか、この中で一番偉いのが俺だって……なんて考えている俺の前に、庵主様がやってきて手を差し出してきた。
「ちっこいお嬢ちゃんに、これをやろう」
「あ、はい」
思わず受け取ってしまったのは、マール教の紋章をぶら下げたペンダント。多分、さっきまで庵主様が胸元にぶら下げていたやつだ。
これでカモフラージュしろってことかな、と思ったんだけど……つか、何で俺?
「お嬢ちゃんが一番偉いんじゃろ? わし程度のヘボ僧侶に看破されるようじゃ、この先大変じゃろうて。魔除け代わりじゃよ」
「え」
うーわー、どこまでバレてるんですか。というか庵主様、マジで何者だ。シーラが心当たりなさげだから、俺の配下でもサブラナ・マールの配下の生まれ変わりでもなさそうだし。
「マール教が悪さしとったら、好きに相手すればええ。わしはお嬢ちゃんたちが何者かは聞いておらんし、じゃから知らんよ」
それじゃあ元気での、と言い残して庵主様は、すたすたと立ち去った。
本気であの人、何者だー!?




