213.あちらもこちらも大変だ
一晩ゆっくり過ごさせてもらい、俺たちはこの集落を後にすることにした。
ジランドとコングラは狩人たちと交渉して、干し肉を確保したとのこと。狩人の方もここで確保できる現金収入はありがたいそうで、喜ばれたとか。まあ、離れた街とかに売りに行かないと、だもんなあ。
で、俺たちが小屋をきれいに片付けて出てくると、ジランドたちと庵主様が会話中であった。主に、世間話。
「メイヒャーディナルの峠まで行くんかえ。大変じゃのう」
「クルンゴサで泊まる予定なんで、大丈夫だと思うんですが」
「その先じゃ。あすこに行くにゃあ、お前さんたちの牛車じゃ無理じゃろ」
「狭い山道っすからね」
そりゃ、峠っていうくらいだもんな。前の世界でもそうそう広い道なんてなさそうだけど、ここらへんだと基本的に峠は歩いて越えるレベルだったりするかもな。
しかし、今乗ってる牛車が使えないとなるとどうするんだ……と思ってたら、庵主様もそのことを知らなかったようでジランドが答えを教えてくれた。
「最近、観光用の小型牛車がレンタルできるようになりましてな。マール教の僧侶様をお連れすると、戻ってきたときに前払い料金のいくばくかが返ってくるんですよ」
「やれやれ、どこもかしこもマール教じゃのう」
ほー、峠観光のために牛車レンタル業かよ。マジでマール教様様だな、庵主様の言う通り。
……何で庵主様が、マール教優先な世界に不満を持ってるんだ?
「あんじゅさまも、まーるきょうですよね?」
同じ疑問を持ったらしいミンミカが全力で空気を読まずに尋ねたんだけど、そもそも僧侶はマール教だ。これはこの世界じゃ当然のことなんだよな。マーダ教で神、というか俺に仕える役職は神官だし。
……今のところ、カーライルとしか会えてないな。他にも神官、生き残ってるんだろうか。カーライルの一族は全滅してるらしいし、さて。
それはともかく、「ウサギの嬢ちゃん、聞いてたのかい」とニンマリ目を細めてから庵主様は、胸元に揺れているマール教の紋章をいじりながらゆったりと答えてくれた。
「そうなんじゃがね。中央の僧侶びいきが嫌でわしゃ、こっちの方に引っ込んだんじゃよ」
「庵主様も僧侶なのに、ですか?」
「わしはただ、サブラナ・マール様に日々祈りを捧げていきたいだけなんじゃよ。わしを頼りに集まってくれてた坊やたちが、健やかに暮らせるためにの」
ファルンの言葉ももっともで、だけど庵主様の言葉もやっぱりもっともで。
ああ、そういう人もいるよな。というか、そういう人が多いんじゃないだろうか、マール教の僧侶って。
何ていうか、マーダ教の主神という立ち位置からするとアレなんだけど、別にどっちの信者でも悪い人ってわけじゃないしな。俺の信者を名乗るやつに、今のところ悪党が多い気がするけど……まあ、うん。
「正直に言うと、今の神都サブラナのやりようは好かん。何でもかんでも僧侶優先、その僧侶たちは教主様のモノになるのが幸せじゃと刷り込まれて育っておるし」
「庵主様、そういったご発言は控えられたほうが」
ブツブツ、なら良いんだけどこの庵主様、はっきりとものをおっしゃる方だ。なので、マール教上層部を批判するようなこの台詞、結構響いてるんじゃなかろうか。
狩人さんたちだけなら良いけれど、俺たちだけでもいいけれど、教育部隊の連中に聞かれでもしたらどうなることやら。
「構わんよ。教育部隊、とやらのお嬢ちゃんたちは朝早く、ここを出ていっておるわい」
焦って言葉を抑えようとしたカーライルに、庵主様はそれこそいたずらっ子のような顔で笑って、そうして。
「……お前さんたち、マーダ教じゃろ?」
全力で、そんな事を言ってくれた。バレてたー!?




