020.目指すは向こうのその向こう
「おはようございます」
「おはよう……大丈夫か?」
翌朝、ものすごくげっそりした顔のカーライルを見てシーラがおいおい、という表情になった。さすがに露骨に聞くわけにもいかないなあ、と俺は思ったんだが、ファルンにはそういう空気を読む能力は薄いかないか、らしい。
「おはようございます、カーライル殿。昨夜は結局お楽しみでしたの?」
「冗談じゃないですよ。夜中にノックされましたので、扉の前にベッド動かして寝ておりましたから」
「ああ、内開きだから」
夜中にノックって、マジで来たんかい。誰が来たかは知らないけれど。
それに、断固拒絶ってか。いやまあ、カーライル自身が嫌がってるんだからしょうがないよな。
「あら、おはようございます」
おっと。
カーライルの部屋の向かい、そこにある扉が開いて出てきたのは昨日会った二人だった。あの時はしっかり見てなかったけど、気のいい中年夫婦、って感じだな。……カーライルの反応見ると、この人らではなさそうだな。
「おはようございます。昨日は部屋の前で邪魔してすみませんでした」
「いえいえ。ご家族なのでしょう? しかたがありませんよ」
ファルンがけろっとした顔で挨拶するのに、俺たちもそれぞれに頭を下げる。こういう時は、マール教の僧侶である彼女が当たるのが一番楽だろうから。
「こちらの宿にお泊まりということは、今日はナーリアの村へおいでですか」
「ええ。干し魚の納品と、それから教会宛のお手紙を預かってきておりまして」
「手紙?」
干し魚。そっか、ナーリアは山の中だから、魚ってあんまりいないんだろうな。川魚はいるのかな?
それはともかく、教会宛の手紙って何だろう、とふと気になった。
「僧侶様とそのお連れ様にはお伝えしてもよろしい、とお預かりした際に言われておりますので、お伝えします」
ファルンの姿を見れば、マール教の僧侶だとは分かる。故にだろう、旦那さんの方が少し真面目な顔になって、言葉を続けた。
「エンデバルの街で邪教信徒のアジトが発見されました。ほとんどの信徒は捕縛されたようですが、数名が潜伏しているようです。こちらまで逃げてきた可能性もわずかながらありますので、お気をつけくださいとのことです」
「まあ」
エンデバル。これから俺たちが向かうスラントの町の、もうちょっと先にある大きな町だ。ココらへんの教会を統括する、大きな教会があるらしい。
邪教ということは、俺ってーかアルニムア・マーダを信仰するマーダ教の信者が集まっていた場所が見つかっちまったわけね。
信者どころか信仰されてる当の神様がここにいますよー、なんてこの人たちは知らないんだよなあ。なんつうか。
「承知いたしましたわ。わざわざありがとうございます、サブラナ・マール様の御慈悲に感謝を」
「感謝を」
ファルンに合わせて軽く頭を下げると、夫婦も同じように頭を下げてそそくさとこの場を後にした。これからナーリアまで行くんだよな……ブランナ、マリノ、うまくやってくれよ。
にしても。神様がいなくても、信者自体は頑張ってるのか。まあ、カーライルっていう例もあるからなあ。
……こいつは知ってたのかな?
「カーライル」
「エンデバルに知り合いはいませんので、別系統かと」
即答された。もっとも、こいつも前に言ってたけど、変に連絡取ったりして居場所バレたらまずいもんな。俺のいた世界と違って、連絡手段そうそうなさげだし。
教会に手紙持っていくのだって、商人さんに預けたりしてるわけだから。急ぎならちゃんと使者を出すんだろうけれど、今聞いた話だと念の為ってことみたいだから。
「ふーむ」
しかしまあ、俺の信者がいるんなら会ってみたい気はする。何かの資料があるかもしれないし、四天王たちの居場所のヒントとか欲しいし。
「エンデバルはスラントの向こうだよな」
「徒歩で三日ほどです。乗り合い牛車もありますが」
シーラが答えてくれた。この世界、交通手段は馬車じゃなくて牛車らしい。俺の知ってる牛と言うよりは多分、水牛の方が近いと思う。ナーリアでちらっと見たんだけど、角がデカかったから。馬は知らない。
まあともかく、エンデバルで俺の信者探すにしろ何にしろ、まずは情報集めだ。カーライルがそんな物持ってない以上、俺たちは自力で探すことになる。
「スラントに着いてから考えるか。新情報が出てる可能性もあるし」
『承知しました』
俺の言葉に、三人が同時に答えてくれた。まあ、普通はそうなるよね。俺が言わなくても。
ていうかさ。
「カーライルみたいな、真面目な信者ならいいんだけどなあ」
「ありがとうございます」
外見ロリの言葉にそれだけ嬉しそうな顔をする、以外はお前さん、真面目な俺の信者だからなあ。




