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199.番外4:サヴィッス

 僧侶ファルンとその同行者たち、そしてサヴィアとジオレッタが退出すると、夜の教会はしんと静寂の中に包まれる。

 『翼の姫』ルッタは、自身と同じ背に翼を持つ女に対して向き直った。封じているつもりではあるようだが、朧気ながら殺気が漏れ出ていることは彼女には分かるだろう。


「シーラ、と申したか」

「はい」


 名を呼ぶと、彼女は頷いた。

 シーラからは警戒心は感じられるが、ルッタと違い相対する者に対して殺気を放ってはいない。それが余裕なのか、それとも単に馬鹿なのか、ルッタは考えないようにした。

 自分が彼女に対して殺気を隠せない理由を、言葉に紡ぎながら。


「記録にある邪神の配下に、似た名前の者がいたな。ルシーラット、だったか」

「偶然でございましょう」


 平然と答えるシーラだが、ルッタの目をごまかそうとは思っていないようだ。

 伊達にマール教教主の祝福をその身に受け、教育部隊を統べる存在として立っているわけではない。彼女を飾る二つ名である『翼の姫』も、教主と褥を共にする光栄及びその実力から贈られたものだ。

 そのルッタから見て、このシーラという鳥人の剣士は間違いなく、マーダ教の手先だ。その身に帯びた気配を感じ取れるのは、ルッタほどの感覚の鋭さゆえのこと。


「さて、どうだろうな。邪教徒が、所縁の名をつけてそう育てたとも考えるが」


 だが、そのルッタもさすがに、伝説に名の残る『剣の翼』ルシーラットその者が今目の前にいるとは考えていない。せいぜい、鳥人の信者が自分の娘に縁のある名をつけ、そうあってほしいと願って育てたのだろうと推測している。


「まあ、マール教が邪教と呼ぶことに不服はありますが」


 シーラは、自分がマーダ教信者であることをも否定はしなかった。瞬間腰の剣に手をかけたルッタに鋭い視線を向け、そうして唇の端を軽く引き上げる。


「自分に危害が加わった場合、同行者がどうなるかは分かりかねます」

「僧侶を盾にして動くか」


 彼女の言葉の意味、それをルッタは素早く理解した。自分を今斬れば、先ほど出ていった僧侶や同行者たちもまた同じことになる、と。

 それは、シーラがマール教信者の中に一人で飛び込んだのではない、ということでもある。


「同行者の中に、同じく邪教徒がいるとでも」

「さて。外にはおりますが」

「外、だと」


 やはり平然と答えるシーラに、ルッタはさらに顔を歪める。

 対してシーラは、少しだけ笑みを浮かべて言葉を続けた。


「同行者の彼ら、彼女たちは何も知りません。ファルン殿も、長い付き合いである自分のことを信頼しております」


 この世界、今でも潜在的なマーダ教信者は多数存在している。だか、その大多数は表向きマール教を崇拝し、他の民と同じように生きている。

 シーラも、そうやって生きてきたのだろう。そうして同行者たちの信頼を得て、護衛の剣士として修行の旅を続けている。

 ルッタはそう判断して、剣から手を離した。


「何も知らなければ、何もしません。ですが、ルッタ殿が余計なことをお伝えするのであれば、さて」

「貴様……善良なる民を人質に取るとは、卑怯だぞ」


 さらに続けられた言葉に顔をひきつらせたルッタに対し、あくまでもシーラは余裕の笑みを崩さない。そうして、彼女の動きを止めるための言葉を放った。


「そちらが何もしないのであれば、自分も善良なる民の一人としておとなしく修行を進めます」

「……シーラ。その名、覚え置くぞ」


 ルッタが彼女の名を覚えておく、そう告げたことでこの勝負は終わりを迎えた。斬ってしまえば、その名前を覚えておく必要などないからだ。


「ありがとうございます。では、失礼いたします」

「ちっ」


 深々と頭を下げるシーラの耳に、ルッタの舌打ちの音が届く。

 顔を上げた邪教の剣士は、少しだけ考えるような顔になってから口を開いた。


「アルニムア・マーダ様の配下の名を知っているのであれば、もうひとり似た名を持つ者がいることくらいは知っておきましょうか」

「何?」

「翼王アルタイラ。ルッタ、とはその愛称でありますよ」


 その言葉を残して、シーラは教会を出ていく。その背中を、ルッタは追うことができなかった。

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