001.目が覚めたら別世界
がきん、ばきばきばきという音と一緒に俺の身体が激しく揺さぶられた。そして、視界の一部がクリアになる。ボロボロと落ちていく茶色の半透明なガラス、だかアクリルだかそこら辺は置いといて、そういうものが視界からなくなったから、らしい。
夢じゃねえよ、ガチ現実だよ。ここまでリアルな感触が夢だったらすげえよ。というか俺の部屋どこ行った。
えーと、要するに俺は、茶色の半透明な以下略の中にいたってことか。で、今の一撃でそれが割れた、と。あーよかった、そうでなきゃ俺まじで死んでるわ。
いや待て。そうすると俺、呼吸……はできてる、うん。意識してなかったけど。
鼻と口は塞がったままみたいだが、そうすると空気通すんかい、この茶色の何か。何だこの素材……いや、今の問題はそこじゃねえ。
「しまった……もう一度」
俺の方を睨みつつ剣を構え直した、どう見ても戦士系なこの姉ちゃんだ。
ぱっと見は二十代真ん中くらい、ただ肌が荒れてるからもしかしたらズレてるかもしれない。髪の毛は兜かぶってるから分かりにくいけど、黒っぽい感じだな。
と冷静に観察してる場合じゃないんだけど、何しろ今の俺にはそれしかできないわけで。鼻口ふさがってて喋れないし、当然身動きなんて無理無理無理。これがリアルな夢だったらいいんだけど、現実みたいだし。
「シーラ! お急ぎください!」
「分かってるわよ!」
「貴様、そこをどけ!」
戦士の姉ちゃんはシーラというのか、いやそこじゃないだろ俺。
声をかけてきた僧侶系姉ちゃんは、兄ちゃんとお互い杖をぶつけてぎりぎりと刀で言うところのつばぜり合い状態だ。兄ちゃんの方、顔見るとこっちは二十代前半ぽいな。
うん、だからそこじゃないぞ、俺。唯一味方っぽい兄ちゃんと俺との間は結構距離開いてるし、シーラの方が近い。
つまり。
「今度こそ、決めてみせる!」
勢いよく突っ込んでくるシーラを止められる人はいませーん、終わったか俺!
うわわわわ、動けよ俺の身体こんちくしょう! でなきゃ誰か何か盾になりやがれ! できそうな人いないけど!
というか、何で目が覚めたら茶色の以下略の中に閉じ込められて身体動かねえ状態で、それでいきなり死ななきゃならねえんだ!
納得行くかああああああああああ!
「……ぁああああああああああああっ!」
ばきんとまた音がしたと同時に何とか声が出た、瞬間。
「きゃあああっ!」
声と一緒に、何かこう身体の中からずばーんと飛び出した物がある。いや、目に見えるようなものじゃなくてさ。
ゲームとか漫画でよく出てくる気とかオーラとか古式ゆかしきイヤボーン、とかそういったモンだろう。これも見たことねえけど、何かそんな感じだと勝手に思ったわけだ。何しろ見えねえし。
で、俺に剣を振り下ろしてきた彼女はその飛び出した何やらにふっ飛ばされた。向こう側の壁までぶっ飛んで行って、そこからズルズルと滑り落ちる。あれ、もしかして殺っちまった?
「……うぅ……」
おおすげえ、アレで生きてる。あーよかった、目が覚めていきなり殺人はねえわ。例え、こっちが殺されかけてたとしても。
……えらく冷静だなと思いつつ、ふと手を上げて気がついた。
「あ、動けた……え?」
うん、動けたのもあるんだが……何だか、妙に声が高い。というか、どう聞いても女の子の声だ。
今しゃべったのは俺のはずなんだが、何でだ?
「あ、あーあーあー、あめんぼあかいなあいうえお」
……やっぱり。間違いなく俺が出してる声のはずなんだけど、女の子の可愛らしい声だ。いや、自分で言うのも何だけどな。
「な、何をおっしゃってますの……」
「いかがなさいました?」
「何って、声が変だからさ」
ああ、僧侶系姉ちゃんと神官な兄ちゃんは吹っ飛んでなかったのか。二人とも戦闘だか喧嘩だかはやめて、俺の方見てる。ま、そりゃともかく。
ひとまず自分の手を見て……茶色のかけらがこびりついてるから、それを払ってマジマジと見てみる。ああ、なんてーかおかしなことになってるよ。
褐色の肌の細い指。指だけじゃなくて手のひらも、腕もほっそりしてるし。お肌は大変みずみずしく、これが女なら大変喜ばしいことかと思われるんだが。
うーん、と何となく下を見る。その途端、顔の横から首筋あたりにぱさっと毛が落ちてきた。数本なんてもんじゃなくて、こうふわふわした黒い毛がひとかたまりと、それよりもっと長い銀色の毛か。邪魔だから引っ張って取ろうとしたら。
「いでっ」
痛いって何だ。つまり俺の頭から生えてるのかこれは、俺の髪の毛なのか。待てやコラ何でこんなふわふわ、というか黒も銀も生えてんのか。やっぱりこれ夢じゃね、とも思ったんだが、まだあった。
下向いた時に見えた、俺の身体。あーえー、あんまりふっくらしてないおっぱい、いわゆる貧乳というやつか。おお、先っちょちょい濃くなってる。
で、つるんとした感じの腹があって、へそもあって、その下。
うむ、ない。腹から股間までつるん、という感じ。アレも無ければ、毛も生えてねえよ。おいおいおい、それなりに生えてたはずだぞ毛もアレも。
って。
「何じゃこりゃあああああああああ!」
「は?」
「ひゃああっ!?」
思わず叫んだ俺、悪くないよな? その声にびっくりした僧侶系姉ちゃんが足滑らせたのも。
で、姉ちゃんは大丈夫かと軽く背伸びして見てみると、あんまり低くない瓦礫の中にひっくり返っていた。つか俺、石段の上にある祭壇みたいなところにいたらしい。ほんとにゲームのラスボスか、俺。
それはともかくとして、僧侶系姉ちゃんは打ちどころ悪くなきゃ大丈夫か。というか、俺がアホやってるところを何もせずにぽかーんと見てたわけだね。いや、おかげで何か助かった気がする。
「と、ともかく我らが神! ご復活をお待ちしておりましたっ」
「は?」
あ、兄ちゃんの声だ。何だかホッとした気がしてそっちを向くと……戦闘後で埃っぽくなってる割にやたらキラキラした目の彼と視線が合った。あとひざまずいてこっち見てるし。何か拝まれてる感がある
兄ちゃんはちょいひょろっとした感じで、まあまあ整った顔をしている。明るい金髪の短髪なんで、もしかしたらキラキラはこっちのほうかもしれない。がまあ、表情がえらく輝いているからなあ。
つーか待て。
つまり何だ、この兄ちゃんの言うところを信じるならば俺は、銀髪褐色貧乳少女になった上に何やら神様になってんのか。ついでに、戦士姉ちゃんや僧侶姉ちゃんの側から見ると敵っぽいし。
どんなだ。
ゲームで復活したらいきなり勇者と戦わなきゃならんラスボスって、こんな感じか。何かゲームの敵に申し訳ない気持ちになる、というか今目の前に勇者いなくてよかったぞ、俺。戦える自信ないわ。
いやそうじゃなくて、何でこんな事になってるんだよ! 交通事故とか通り魔とかに遭ってたならともかく、俺普通に寝ただけだぞ!
何でだー!




