190.好みじゃないお嬢様
「サヴィア様」
こんこんこん、というノック音の後に、目の前にいる僧侶を呼ぶ声がした。多分ジオレッタ、こいつが見下している犬獣人の僧侶だろう。さっき、外で観光客の相手をしていたその彼女。
「分かっているな」
「もちろんでございます」
低い、小さい声でサヴィアに言うと、彼女は軽く頷いて立ち上がった。そうして扉を開き、ジオレッタを迎え入れる。
あ、よく見たら僧侶の帽子の横にちょこんと立ち耳が見えてるわ。黒っぽい色だから、なんとなくダックスフントみたいな感じか。足短くないけど。
……耳としっぽがついただけの犬獣人がああいう扱いなら、この世界には普通に存在してる犬顔もふもふの犬獣人なんてこいつにとっては、マジで犬扱いだったりするんだろうなあ。くそっ。
「神都サブラナより、お手紙が来ております。事務室に置いてございますので、よろしくお願いいたします」
「分かったわ。ジオレッタ、こちらの方々を案内してあげて。後はよろしくね」
「分かりました」
ジオレッタを室内に迎え入れ、入れ替わりにサヴィアは出ていった。えーと、要するに手紙の中身確認ってこと?
……ジオレッタにはそれもさせてないのか、あの僧侶。
「……あなたがお手紙を拝見しても、よろしいのではなくて? 神都からのお手紙であれば、この教会宛にでしょう」
「ワタクシはサヴィア様の御慈悲で手伝わせていただいている身ですので、そのようなことは許されません」
ファルンが恐る恐る尋ねてみると、どうやらそのとおりらしい。てか、同僚だろうが。御慈悲てなんだ、御慈悲て。
きゅうん、と微妙に凹んだ感じが思いっきり犬で可愛い。なでたいもふりたい、吸いたい。いや吸うけど。
「許されないとは、どういうことですか。あなたも、きちんとした僧侶でしょう?」
「はい。ですが、サヴィア様はこの街を治める領主様のご息女ですので。街の名にあやかりつけられたお名前を誇りとし、マール教の僧侶として日々働いておられます」
「……」
ちょっと強い口調で問うたシーラに、ジオレッタは一瞬びくんと耳震わせて、それから答えをくれた……って、おい、何それ。
権力者とマール教が癒着してるのはグレコロンの例でも分かってたけど、ここはその上行ってないか。
親が領主で、娘が教会の僧侶。それもなんとなくえらそーにしてる。
「……てーことはつまり、この街はまるっとサヴィアとかいうさっきの僧侶の家のもん、ってことか」
「言葉を選ばなければ、そうなりますね」
思わず吐き捨てた俺の言葉を、小さくため息をつきながらカーライルが肯定してくれた。
言葉を選ぶ気は毛頭ないから、いいんだけどさ。別に人前というわけでもないし、目の前でしょげてるジオレッタ見てるとなあ。
ふと、アムレクがぽつんと呟いた。
「……そとにぶらさがっていたひとたち、ほんとーにわるいひとだったんでしょうか……」
「そうなると、確かに疑わしいなあ」
ただでさえ権力者に反抗すると悪人、みたいな形にされることはあるんだろうが、ここの場合はなあ。
本当に地下の祠を狙うマーダ教信者がいたとしても、それと反抗した人たちの区別なんて、第三者にはつかないだろう。
「ジオレッタさん、しってるですか?」
「……知りません」
ミンミカに問われて、ふるふると首を振るジオレッタ。なんとなくだけど嘘だな、とは思った。俺たちと視線、合わないもの。
「なら、いいや」
嘘ならそれでも良い。俺に、嘘をつけなくすればいいだけだからな。
そう思って俺は、ジオレッタの前に進み出た。
「少しは気分、楽になるだろうし。いただきます」
「んふっ」
ひょい、と軽く背伸びして彼女の唇を奪う。ひとまず吸ったジオレッタの精気は、サヴィアとは違ってさっぱりと柑橘系の味がした。