183.宿の主と弟と
「ようこそおいでくださいました! ワタクシ、当ホテルの支配人ベングラでございます、どうぞよしなにっ!」
「……は、はい」
サヴィッスでのジランドたちの定宿は、それなりに大きめのホテルっぽい宿屋だった。俺の感覚でいうとビジネスホテル、に近いかな。
そこに到着してロビーに入った瞬間、このテンションでお出迎えされたわけだ。両手もみもみ、のジランドとそんなに変わらない……四十代いくかいかないかかな、のおっさん。こちらは細身なんだけど……んー、何か見たことある顔だな、おい。
「ホテルって柄じゃねえだろ、ベングラ」
「……はずかしいっす、兄ちゃん」
「うるっせえなあ! お客様は神の使い、大切にお取り扱いせねばいかんじゃろーがあ!」
定宿ってことで顔なじみらしく、ジランド&コングラと言い合いになってる。……んー?
「……兄ちゃん?」
「ベングラ、さんとおっしゃるのですか。コングラさんのお兄様ですの?」
「はい、そのとおりでございます。愚弟が大変お世話になっておりますようで」
俺の呟きを、すばやくファルンが引き取って支配人、ことベングラに声をかけてくれた。
ああ、見たことある顔ってそりゃそうだ。コングラと似てるんだ、兄弟だから。
「いえ、そんなことはございませんわ。わたくしたちは、ジランドさんとコングラさんのおかげでとても快適に旅をすることができております。こちらのほうこそ、大変お世話になっておりますのよ」
「僧侶様より過分なお言葉をいただき、大変光栄にございます」
ベングラさん、ひどく腰が低いなあ。僧侶であるファルンの言葉にマジで光栄だって思ってるのか、実は弟と一緒でマーダ教信者だから悟られないようにしてるのか。
でも、コングラがこっそり教えてくれた理由はちょっと別の方向性だった。曰く。
「……修行中の僧侶と同行者泊めたら、その人数分の補助金が出るんすよ。マール教から」
「え」
「だから、マジで僧侶様はありがたいお客なんす。あ、兄ちゃんは怠け者の俺と違って熱心な信者っすよ」
「無論です。我がホテルは、サブラナ・マール様の御威光により続いているようなものでございますからして」
あ、兄の方はマール教なのか。……何で、弟はマーダ教なんだろ?
ま、ここでうっかり聞くわけにもいかないし、気にしないでおこう。それよりも、ベングラさんの言動に困ってるコングラをなだめないと。
「すいませんね、ゴマすりまくる兄ちゃんで」
「いえ。……大変ですね」
「まあ、ね」
なんとなく気遣うような口調になったカーライルに、コングラは苦笑で返すしかないっぽい。
もっとも、ベングラさんの営業スマイルもゴマすりも、そうでもしないと多分、ホテルが立ち行かないレベルなんだろう。マール教の補助で何とか成り立ってる、レベルで。
あれ、確か補助金は人数分出る、って言ってたな。ということは、だ。
「同行者が途中で増えているのですが、彼女たちも構いませんかしら?」
「はい、それはもちろん!」
「え、いいんですかあたしら?」
「もちろん。だって、わたくしたちを護衛してくださってるのですから」
しれっと理由をつけて、宿泊客を増やすのに成功。これはこっちも、ベングラさんもありがたいこった。
この場合の増えた同行者、ってのはつまりボロニアたち盗賊団のことだ。せっかくだし、そこそこの部屋に泊まるのもいいだろうさ。
「明日には教会に行くんでしょう? 今日はゆっくり休んどいてくださいや」
「ありがとうございます。もう眠そうなのが二人ほどいるもので、そうします」
ジランドに促され、カーライルはちらりとシーラに視線を向けてから頷いた。
もう眠そうなの二人。シーラの両腕にぶら下がっている、アムレクとミンミカのことだ。お前らよく寝るなー、とさすがに呆れるぞ、俺も。
「部屋まで連れていきたいので、案内を願います」
「わっかりましたあ。どうぞ、こちらです」
重くはないけど困ったな、という表情のシーラに乞われて、ベングラさんはいそいそと案内をはじめた。さあ、俺たちもついていこう。




