182.神の力が及ばぬもの
えぐい飾り物で飾られた道を登り終えて、サヴィッスの街に入る。
入門審査自体は、出した書類をチェックして客人、つまり俺たちの確認をざっとして終わりだった。
「はい、手続き終了。いつもお疲れ様ですー」
「おう。ありがとうなー」
「いえいえ。お仕事頑張ってくださいねー」
ひどく呑気な衛兵さんたちに手を振って、ジランドが牛に鞭を軽く入れる。動き出した牛車は、ゆっくりと街の中へ進んでいった。
「来た道があれだってこと考えると、えらく軽いな」
「俺や親方は、ここらの衛兵たちとは顔なじみですしねえ」
ぼそりと呟いてしまった俺に、コングラが苦笑しながら答えてくれた。……そうか、こいつらはここに来るときは毎回アレ見てるのか。慣れるしかないよな、うん。
そうか、アレのせいもあるのか、もしかして。
「それに、道端のものが脅しになっているから分かりやすい敵は入ってこない、ということかも」
「おそらくそうでしょうね。そうして、分かりにくい者が教会までおびき寄せられる、と」
同じことを考えたシーラに、カーライルが同意する。分かりにくい者……ま、俺らのことともいうけど、他にも入っちまってえらいことになった奴らもいるんだよな。そのうちの何人かが、シーラの言う『脅し』になったわけだし。
「ここも定宿ありますんで、そちらに向かいますぜ。教会行くにはちと歩くんですが、勘弁してくださいよ」
「分かりましたわ。こちらこそ、お手数かけて申し訳ありません」
「いやいや」
御者台からこちらに声をかけてきたジランドに、ファルンが答える。ごついおっさんでもやっぱり、ほにゃらか僧侶の笑顔には弱いもんらしいな。何となく、声で分かる。
ジランドたちの定宿に向かう途中、ふと気になって何度も外を見る。それに気づいた、というか気づかないわけがない俺専用背もたれミンミカが、尋ねてきた。
「……どうしたんですか? コータちゃま」
「んー。何ていうかさ、人、少なくね?」
「ひと、ですか」
「獣人鳥人その他も込みだ。もっとも、こんなとこだとそもそも魚人なんてレアだろうけど」
なんだよねー。一応、教会のこともあるし街の由来もあるしでここ、観光地になってるはずなんだけどさ。
何と言うか、人が少なく思える。それなりに行き交ってはいるんだけど、何か皆よそよそしいというか。
「……多分、ほとんどが観光客ですね。街の住民はあんまりいない」
俺の感覚に答えを出してくれたのは、ボロニアだった。なるほど、それでよそよそしい、地についた感じがないわけか。
でも、なんで住民が少ないんだろう……という疑問については、すぐにコングラが解決してくれた。
「水が少ないんで、最近ちらほらよその街に移動する人がいるみたいっすね」
「ああ、言ってたっけ」
水かー。そりゃ重要だよな、生きていくには兎にも角にも水がないと。
この街は元あった街の上にサブラナ・マールが盛り土して作った街で、だから井戸も深くまで掘らないともとの水脈に届かないから水を取れない。かといって川から水を引いてくるのも距離の関係で大変で、一応最近は引いてきてるんだっけか。
「川の水引くのに、結構資金がかかったらしいんですわ。で、その分の穴埋めをいわゆる税金という形で取ってまして」
「マール教からも、援助があったのではありませんか?」
「足りなかったか、教会がくすねてるか、だねえ。少なくとも、観光客にはそれなりの飯出してるらしいけど」
コングラの説明をファルンが受けて、そこにボロニアがボソリとツッコむ。
しかし、大丈夫かマール教、そんなことやってたらこの街潰れるぞ。
……何か、俺が潰してやったほうが良くないか。なんて、邪神ちっくな思考にすっかり染まってるな、俺。
「税金払わなくちゃいけないんですけど、場所が場所なんで働き口もあんまりないんすわ。外で羊とか育てるにしても、通り道アレでしょう」
「ただでさえ坂道で大変なところに、アレだもんな」
「噂だけど、街の建物取り壊したところとかにこっそり畑作ってるらしいですよ。自分たちが食うために」
コングラの言う税金て、多分ちゃんとした税金じゃなくてみかじめ料とかそっち系なんだろうな。でも、働き口がないからみんなさっさと逃げる。
逃げられなかった者はこっそり、自分たちが食うための畑を作ってる。
うん、やっぱり潰したほうが良い気がするぞ、この街。
それで、俺の正体とかバレてしまったらまずいけどさ。




