017.旅立ち前に記念の一口
俺が社畜改め邪神になってから十日。
やっとこさ村を出ることになった俺たちは、出口までやってきていた。
村人たちとの交流は最小限に留まった……というか、他所から来たっつーんで遠巻きにされてた模様。あと、ネッサが必要以上に近づくな、とどえすな外面で言ってくれてたみたいだ。マール教の僧侶以外は、シーラでもあまり良くは思われてなかったらしくてな。
「ファルン、行ってらっしゃい。良い僧侶となってくれることを祈っておりますわ」
「もちろんです!」
「コータちゃん、カーライル殿。故郷に戻れましたら、お手紙をくださいませね」
「はい。ありがとうございます、ブランナ様」
「大変お世話になりました」
そんなわけで、見送りに来てくれたのはブランナくらい。ネッサは今頃、放置プレイに悶えてるんじゃないかなあとはファルンの台詞。想像したくないので考えないことにしている。
なお、俺は今の外見がロリっ子なので、他人がいる時は俺はちゃん付けで呼ばれるようだ。いや、いいんだけど何というか、くすぐったいというか。
「マリノ、教会のことはよろしくお願いしますね」
「ええ、もちろんですぅ」
ブランナと一緒に来てるこの、少々舌足らずなしゃべり方をする小柄な僧侶が、ファルンの後釜であるマリノ。まあ当然というか、着任したその夜に俺はゴチになってついでに下僕にしてある。
ていうか、小娘には甘いんだよなみんな。まったく。もう少し注意しろっつうの。
「ファルン様が修行の旅に出かけておられる間、代わりを務めさせていただきますマリノと申しますぅ」
マリノがこの教会に到着したのは一昨日の夕方で、にこにこ笑いながら頭を下げた彼女をブランナとファルンが普通に迎え入れた。
表向き、二人は敬虔なマール教僧侶のままだしな。マリノが何の疑いもなく入ってきちゃったのは、しょうがないというか。
あと、許可が出るのと代行派遣、めちゃくちゃ早いな。そういう手回しの良さは羨ましいけれど、だからこそ俺のことをバレないようにしないといけないとは思ったよ。うん。
「よろしくお願いしますわ。一緒にお仕事をさせていただきます、ブランナです」
「ファルンです。この度は修行の旅の許可をいただけたことを、サブラナ・マール様に感謝いたします」
マリノ、ファルン、ブランナの三人で引き継ぎなどの手続きは割と早く終わった。まあ、村人の名簿とか村の地図とか、そういうのだけ分かればいいらしいからだけど。
そこらへんが終わったところで、ファルンが改まったように彼女の名を呼んだ。
「さて、マリノ」
「はぁい?」
何かしら、と不思議そうに首を傾げたマリノに、二人はするすると近づいた。それぞれ片腕ずつ、胸元にぎゅっと抱きしめる。
「きゃ」
「コータ様、どうぞ」
「おう、ありがとうなー」
ファルンに呼ばれて、俺は奥の部屋から出ていった。背中をカーライルとシーラが守ってくれているから、特に危険は感じない。
さて、褐色肌の獣人の小娘が残念イケメンと鳥人の剣士を従えて出てきたことに、マリノはどう反応したか。
「な、何ですか?」
この辺りが普通の反応だよなあ。俺がかつてのグラマラスエロ邪神様ならともかく、さ。
ただ何だろうな、ひどく顔をこわばらせてるって感じがする。俺にビビったんじゃないだろうから……シーラかな。
まあ、どうでもいいけど
「それじゃ、いただきます」
「んー、ん、んんっ!」
おお、頬がぷにぷにしてて触り心地がいいな。その顔を両手で包んで、キスをする。
そのまますうっと吸って、吹き込んで、もう一度吸った。彼女は性格が甘いのか、精気もとろんとはちみつみたいに甘かった。
「……んふぅ……」
「ごちそうさまでした」
「あい……」
三度も吸ってしまえば、もう抵抗する気力はないだろう。ブランナとファルンの腕から解放されて、マリノは床の上にぺたんと座り込んだ。はっはっと犬みたいに早い息をして、口元からは軽く舌を覗かせてて。
ひとまず、命令だけはしておこう。
「俺はコータ。俺のことは、ここにいる全員とネッサ村長、ブランナ以外には口にするな」
「は、はい……」
「ネッサ村長とブランナは、お前の先輩に当たる。言うことをよく聞いて、仕事に励むんだぞ」
「わかりましたぁ……」
表情自体はほとんど変わらないほにゃんとした笑顔で、マリノはあっさりと俺の下僕になった。
あっさりしすぎてて、ほんとに正気に戻らないんだろうなとちょっとだけ不安にはなるんだよな、うん。
それはともかく、今朝までに各自もう一回ずつくらい俺の気を吹き込んでおいたんで大丈夫だとは思う。
あと、やっぱり情報は必要だと思うので指示を残しておこう。
「田舎だからあんまり情報はないと思うけど、万が一何かあったらファルン宛に手紙を。検閲は?」
「今のところは特にないはずですが、気をつけますわ」
「頼む」
ブランナがしっかりしてるから大丈夫……かな? マリノも「お手紙書きますねぇ」とのんびりした笑顔だ。
念の為、ぱっと見には普通の手紙にしたほうがいいよな。ああもう、変なところで疑り深いな、俺。
「こちらからも、ご機嫌伺いの手紙はしたためますから」
「ええ。シーラ、カーライル殿。コータ様を、くれぐれもよろしくお願いいたしますわね」
「はい」
「お任せを」
下僕じゃなくて配下、の二人には、これから頼りそうだな、とは何となく思った。
配下、見つかるといいなあ。
……すっかり邪神に慣れちまってるなあ、俺。