015.あまり言えないお風呂の秘密
「あー、生き返るー」
髪の毛を洗ってもらって、大きなタオルでぐるんと包んでもらった後風呂に浸かる。湯船はそこそこ大きくて、三人ほどであれば一緒に入れるんだよなあ。いや、今の俺小さいけどさ。
「それほど気持ちよろしいですか?」
「ああ。俺が放り込まれてた世界だと、毎日風呂入るのが当たり前みたいなとこだったけどな」
「まあまあ」
それはびっくり、という顔のシーラに「人にもよるよ」とは答えた。いやなあ、さすがに数日家に帰れないような生活だと風呂入るのもめんどくさくなってたし、なあ。
ここは教会の地下にある湯殿。要は風呂場である。俺とファルン、そしてシーラの三人は今、のんびりと羽……うん、約一名はリアル羽を伸ばしているところだ。
なお教会専用で、使用者はごく限られているそうだ。しっかりした石壁と天井、おまけに地下だしなあ。教会関係者しか入れないことになってるんだろうな。俺は……まあ、ある意味この教会は俺の支配下だし。
「ファルン」
「はい」
しかし、そうすると他の人はどうやって汗流してるんだろ? ファルンはおっぱいあまり大きくないけど、シーラみたいに全身筋肉質でおっぱいもそれなりにあるとさ、何か谷間とか乳の下とか汗溜まりそうで。
「教会専用って、村人は風呂入らないの?」
「基本は井戸水を沸かして、たらいで行水ですね。人口の多い町などでは共同浴場があったり、領主クラスでしたら自家用の湯殿もありますが」
「ふーむ」
昔、再放送の時代劇で見たことあるな。たらいで女の人が行水してるのを、望遠鏡で覗いたりしてたっけ。あんな感じなのか。
井戸水って言ってるから、水道も発達してないだろうし。都会はともかく、こういう田舎は。
教会だけが、特別。
「それでも、教会には専用の風呂があるのか」
「教会には必須の施設です」
「必須?」
風呂が必須とは、はて。
いや、身を清めるとかっつったらたいてい冷たい水だろう。少なくとも、わざわざ沸かすなんてのは俺は知らないよ。
しかし、何でだ。風呂に入らなくちゃいけないわけでもあるってのか。今答えてくれたシーラの、少し硬い言い方も気になる。
その理由を教えてくれたのは、まあ当然というかマール教の僧侶であるファルンだった。
「マール教の伝統に理由がございます。古くはサブラナ・マール様とコータ様との戦、そこまで遡るのですが」
「ほんと大昔だな」
「はい。コータ様が男を下僕にして戦力を集めましたため、現在のマール教側はそれに対抗して女を戦力として集めました。ただ、そこにはシーラや四天王に太刀打ちできる力はなかったのですが」
ある意味えげつない戦争だよな。俺が男を独占するみたいな形になったから、対抗勢力はそりゃまあ女が中心になる。今のマール教の僧侶が女ばかりなのは、その流れでってことか。
しかし。
「その状況じゃ数が力、ってわけでもなさそうだな。なんかやったのか」
「これは噂でして、私は実際のところは知らぬのですが」
もぞもぞ、と何というかすごく言いにくいことがあるんだろうなあ。ファルンは眉間にシワ寄せて、しばらく考えてからぽつん、ぽつんと言葉を落とした。
「戦に出る女たちの中で選ばれた者が……あの、神のお情けをその身に受けたとか」
「お情け」
「その、つまり、一夜を共にすることでサブラナ・マール様より戦う力を授けられたのだとそう、伝わっております」
思わず、風呂のヘリに懐いてしまった俺は悪くないよな? あ、シーラがものすごーく顔をひきつらせている。
つまり、そういうことか。気を吹き込まれてその言いなりになる、ってレベルじゃねえや。多分アレだ、十八歳未満見ちゃいけませんパターン。
どっちもどっちか、この世界の神ってやつは。いや片方俺だけど。
「……えぐー」
「失礼ながら、コータ様もあまり言えませんが」
「まあな。シーラ、怒らないから安心しろ」
「お心遣い、痛み入ります」
シーラの言う通りだってーの。俺もサブラナ・マールのことあんまり言えないわけよ。
いや、仮にも邪じゃねえ神名乗る輩がそういうことしていいのかよ。俺がやっていい、ってことでもないんだろうけど……いややったんだよな、過去には。多分。
「で、教会に風呂が必須ってのはつまり」
「僧侶としての働きが認められますと、教主様が直々に教会においでになります。かつてサブラナ・マール様が力をお与えくださったように、現在では教主様のお情けをいただき昇格を認められますので、その」
「……そりゃ風呂必要か……」
ああ、要するに教主と一戦交えるわけね。その前に入ったり、終わった後に始末するためにもお風呂は必須です、と。ファルン、顔赤い、顔。
……その風呂に、今俺入ってるんだよなあ。まあ、掃除はきちんとしてあるみたいだけどさ。