146.海棲獣人周りの事情
「ありゃ?」
お婆さんが身体を洗っている際に、ミンミカが背中のヒレに気がついたようだ。よく見ると、手の指の間に水かきみたいなのがあるな。気が付かなかった。
「おばあちゃん、ぎょじんさんですか?」
「いいやあ。わしはシャチでねえ」
「シャチ?」
ミンミカの単純な疑問に、お婆さんは意外な答えをくれた。って、シャチかよ!
けど、さすがにこのお婆さんがメイデリア、ってことはなさそうだな、とは思った。
「さすがに年寄りなんでねえ。海で暮らすのは大変じゃて、この街におるんじゃよ。たまに孫たちが遊びにくるわえな」
「お孫さん、いるんですか」
「海にな。ここの沖に『海王の砦』っちゅう岩礁があってのう、わしらはその近辺に住んでおるよ」
ふむふむ。
そっか、シャチだと獣人だから陸上でも生活できるのか。いや、この世界だと魚人でも普通に陸に上がってるけど。
なんてことを考えてたら、お婆さんの自分語りが始まった。せっかくだから聞いておくか、メイデリアを探す参考になるかもしれないし。
「わしら海棲獣人は住処がある程度決まっちょるから、基本的には幼馴染同士でつがいになったりするんじゃよ。たまに遠くまで行っちまうやつもおるけどね。逆に、遠くからやってきたやつがこっちでつがいを見つけることもあるわいな」
住処というか、群れごとに縄張りとかそういうのがあるのかね。たまに遠くに行ったり来たり、ってのはそうでないと血が濃くなって病気が出るとかそういうことだろう。ま、俺も詳しいことは知らないけどさ。
「うちの婿はそうじゃよ。南の海からやってきて、わしのかわいい娘とつがいになって、たくさん子を作ったんじゃ。年寄りは陸の上から、のんびりと子と孫の成長を願っておるわえ」
「へえ……」
南の海から来た婿さん、か。少なくともしっかりしてるとか、身体が強いとか、そういう長所があるから遠くまで来られたんだろうし。良かったんじゃないか? お婆さんの娘さん。
……娘か孫あたりにいたりしてな、メイデリア。ここまで、シーラとかレイダとかが都合よく出てきてるから、その可能性ならありそうだ。
「お嬢ちゃんたちは、ここからどこまで行くんじゃ?」
不意に、お婆さんから尋ねられた。どこまで行くんだっけ、と考えて、ど忘れしたことを思い出した。いやだって、あの名前長いとこだし、確か。
「ええと……何だっけ、あのちょっと長い名前の峠」
「メイヒャーディナルの峠、ですね」
苦笑しながらファルンが教えてくれた。ああそうそう、メイヒャーディナル。って、メイ、ディか。
「そういえば、ここと少しだけ名前が似てますね」
メイヒャーディナルとメイメイデイ、メイデリア。なるほど、ちょっと似てるなあ。
実はそこにも理由があったらしい、それをお婆さんが教えてくれた。
「『水の舞』メイデリアと勇者メイヒャーディナルは親戚筋じゃった、っちゅう話もあるくらいじゃからね」
「親戚筋なんですか」
「少なくとも、メイヒャーディナルが海棲獣人の血を引いておるらしいからのう」
獣人系の勇者っていたんだ。ああいや、そういうのもいて当然だよなあとは思う。多分、鳥人の勇者もいるんだろう。
そのくらい手広くやってないと、俺はこんなことにはなってないだろうし。負けて、封印されて、中身男になって戻ってくるとかさ。
「サブラナ・マール様は、そういった者を勇者としてお取り上げくださるほど、広いお心の持ち主ということじゃて」
「はあ」
「おかげで、わしのような年取ったシャチが陸の上で余生を過ごすことも許されておるわのう」
つまり、メイヒャーディナルが勇者として活躍したから、海棲獣人は陸の上でも暮らせてるってか。
……何か、ムカついてきた。