145.生臭いのを流しましょう
日本人、ついつい湯船に浸かると声が出るものである。いや、もう俺は日本人じゃないけどさ。獣人ロリっ子ボディの神様……大概だな、それも。
「あ゛ー」
「コータちゃま、すごいこえですー」
それはともかく。一緒に湯船に浸かったミンミカに苦笑されて、俺は自分がつい男だったときと同じような低い声を出してたことに気がついた。
「お風呂って気持ちいいもんで、つい」
「わかりますけど」
ぴるぴると垂れ耳を振るわせると、そこについていた水が珠になって弾ける。ミンミカは肩までどっぷりつかってはあー、と大きく息を吐いた。いや、お前も結構すごいぞ、その声。
というわけで、俺たちは宿に戻る前に宿近くの銭湯でひとっ風呂浴びている最中。男女別なので、当然アムレクとカーライルは壁の向こうの男湯にいる、と思う。
湯船に浸かる前に髪も身体も綺麗さっぱり洗い上げて、今髪の毛はタオルでくるんでまとめてある。これはミンミカ、シーラ、ファルンも同じく。ミンミカだけ、タオルの中から耳がひょこんと出てるのは可愛いな、ちくしょう。
「ウサギ獣人って、お風呂好きなんですか?」
「こじんさです」
一応他にも人が入っているんで、ロリっ子モードで会話をする。ミンミカは全く口調変わらないからいいけどさ。
「そのあたりは、鳥人でも個人差がありますね。魚人は基本的に水風呂のようですが」
「ふーむ」
シーラは湯船の縁に懐きながら、こっちもお湯を堪能している。背中の翼がでかいから、もたれるのも大変なんだよなあ。
ここは鳥人も獣人も人間も同じところに浸かれるようで、だから俺たちはファルンも含めて全員並んで入ってる。他のお客さんも家族とかで来ているようで、犬顔の女の子が同じ顔のお母さんに全身わしゃわしゃ洗ってもらっていい気持ちー、な顔になっている。しっぽブンブン振りすぎると、泡が飛ぶぞー。
そんな中、ふと見えた姿に俺は「あれ」と目を見張った。
「先程の御老体ですね」
「うん」
ファルンが俺の視線をたどって、その先にいる人に気づいてくれた。そう、さっきのお婆さん。
何だ、風呂入りに来たのか。まあ、お婆さんも潮でべたべたしてるだろうしな。
「おんや」
「どうもっ」
お婆さんの方も気がついたようで、さっきと同じイントネーションのセリフが出た。一応こちらも頭を下げる。
うん、お婆さんだ。こう、元巨乳であろう中身の減った乳がぶらんと、うん。
「さっきのお嬢ちゃんたちじゃねえ。魚の匂いは、やはり嫌じゃったかや?」
「さすがに、ずっと生臭いのはちょっと」
「じゃろうねえ」
ざばり、ざばりとかけ湯をするお婆さんと、それを湯船の中から見てる俺との会話。あー、なんてことのない会話ってのもいいなあ、とちょっとだけ思った。
あ。今ちらっと見えたけど、お婆さんの背中、ヒレみたいのがある。え、何、お婆さん魚人? それにしちゃ、ちゃんとお湯かけてるなあ。魚人用の水風呂、一応端っこにあるんだけど。
「そういえば」
ファルンが、ふと思い出したように声を上げた。ヒレについてかな、と思ったけど、彼女の着目点はそこじゃなかった。
「お婆ちゃん、あそこで何やってたんですか?」
「道案内、みたいなもんじゃねえ」
ああいうへんぴ……と言っちゃあれだが街の端っこに近いところに、何でこのお婆さんがいたんだろうということか。言われてみりゃ、確かにな。
そうして、帰ってきた答えはわかりやすいというか、なるほど地元というかそういうものだった。
「あすこはなあ、街の中心からちょいと外れておるじゃろ。来るつもりじゃのうても、迷って来る者がおるんじゃよ」
「なるほど」
逆に、行くつもりがなかったけど迷ってきちゃった、てへ、な人もいるってことか。多分、お婆さん以外にも地元の人とかが気にかけて見に行ったりしてるんだろうなあ。
たまに、海王ネレイデシアなんて大物魚人が来てたりするからな。