144.生臭いのは魚の匂い
「では、失礼します」
俺をカーライルの腕にひょいと渡して、レイダは手近な海に飛び込んだ。変なところでマイペースなんだよなあ、海王ネレイデシアって。
あと、カーライルとアムレク、ミンミカがちょっと変な顔をしてる。さっきは俺のこと気にしてたくせに……と思ってたが、すぐに疑問は解けた。
「コータ様……その、少々生臭いのですが」
「なまぐさ……あー」
「コータちゃま、おさかなさんのにおいがするです」
「レイダさまと、おなじにおいだねー」
自分で腕をくんくん嗅いでみて納得。アムレクの指摘どおり、レイダの匂いだろう。抱っこされてる間に移ったな。
このまま帰るのはちょっとやだなあ、と思った。山中とかで風呂入れないならともかく、ここは街中である。一応。
「宿のそばに、確か銭湯があったはずですわね……ああ、ありました」
「潮でべとべとになりそうですし、帰りに寄りましょう」
ファルンが地図を見て、銭湯の場所を確認して頷いた。シーラも彼女に同意するところを見ると、レイダの匂いがなくても風呂には行ってたな、これ。
確かに潮風とか当たると、なんかべっとりしたりすることあるもんなあ。……海なんて、あっちの世界じゃ何年も行ってなかったけどさ。
「ミンミカも、おふろはいりたいですー」
「アムレクも毛がべとつきそうだしな。よし、宿に戻る前に風呂なー」
「分かりました。そうしましょう、コータ様」
ウサギ兄妹が垂れ耳をもぞもぞいじってるのも、潮の感じがいやなのかな。だから、俺が決定事項として声に出すとカーライルもホッとしたように、笑顔になった。あーごめん、ナマグサが嫌なら降ろしてくれていいんだぞ。
「おんや。珍しいねえ、こんなとこ見に来るなんて」
結局カーライルに抱っこされたまま、『封の舞台』を離れる。そのまま洞窟を出たところで、フードをかぶった老人にそんなことを言われた。声からして、多分お婆さんだろうな。
「見ておきたかったものですから」
「僧侶さんかいや。そっか、修行中なんじゃねえ」
「はい」
ファルンの答えに、ひとまずは納得してくれたものと思う。一応『水の舞』メイデリアが倒された場所なんだから、マール教の僧侶が見に来てもおかしくないもんな。
「おお?」
「え?」
背の低いお婆さんが、不意にフードの下の目を光らせた。精一杯背伸びして覗き込んできたのは、俺の顔である。思わずカーライルが自分ごと引いたので、あまり近づかなかったけど。
「そちらのちっちゃいお嬢ちゃん、魚の匂いがするねえ。珍しく、魚人でも来ていたのかや?」
「何でですか?」
いや、確かに魚人というかレイダは来てたけど。ああ、確かこの街、魚人はあまり近寄らないんだっけ。
「この街は魚人の方も嫌がっておるがのう、街も魚人をあまり好んではおらんのじゃよ。何しろ悪名高き『海王ネレイデシア』の眷属であった者共じゃからねえ」
「そんなにひどかったんですか?」
マール教信者だろうお婆さんの口から出てきたのは、マール教側から見たレイダについての話。まあ、聞いて損はないかなと思う。実際のところ、知ってる者はほとんどいないわけだし。
「わしも当時生きておったわけではないから言い伝えになるが、おなごは触手でメロメロにされたそうじゃのう。特に若ければ若いほど、その餌食になったとか」
「うわあ」
ああ。レイダのやつ、俺に構いに来るのもやっぱりそれでか……いや、神様で良かった。普通の獣人ロリっ子だったら今頃……ああ、それだとレイダ、ネレイデシアに戻ってないか。それはそれで。
いや、それはそれでじゃないぞ。レイダ、触手プレイはほどほどにしてくれよな、今の世では。