139.海岸そばのその場所は
一晩ゆっくり休むと、ウサギ兄妹もなんとか復活した。ので、翌日俺たちは早速観光に出る。
一階まで降りてくると、支配人が穏やかに笑いながらこちらに話しかけてきた。
「お客様。体調の方はもう大丈夫ですか?」
「だいじょぶですー。いっぱいねて、いっぱいたべましたから」
「あさごはんのルームサービス、ありがとうです」
大変現金な兄妹である。いや、近所の喫茶店のモーニングがうまいらしいという話だったんで朝から頼んだんだけどね。
そうして支配人は、表向き何も変わりなく業務をこなしているようだ。うんうん、それでいい。
「今日はどちらに出向かれますか?」
「『封の舞台』でしたか、そちらを見学に行こうかと思っておりますわ」
「ああ。あそこは人の少ない穴場ですからね、ゆっくり見て回れるかと思いますよ。行ってらっしゃいませ」
ファルンと会話を交わすところを見ても、昨日俺が吹き込んで下僕にしたなんて分からないよなあ。
……分かるやつ、いるのかな。グレコロンあたりは何となく分かりそうな気もするんだけど、はて。
ま、考えていても仕方ないので、支配人に書き込んでもらった地図をもとに俺たちは海岸近くの洞窟までやってきた。
入り口は大きめで、中にまで潮風が吹き込んでいるような場所。一応、入り口の横にちゃんと立て札は立っている。
「『封の舞台』 足元注意」。
ここが、『水の舞』メイデリアを封じた場所、とかなんとか。足元注意なのは、そりゃ海岸のそばの洞窟なんて滑りそうだもんなあ。
あと、ほんとに人が少ない。というか、今この場には俺たちしかいない。観光客呼びたいなら、もうちょっとアピールしろよと思うんだがなあ。
「街の中心からは外れていますし、道が分かりにくいですからねえ」
「それに、地味ですし」
カーライルとシーラがぶっちゃけたのが、結局人が来ない理由なんだろうな。
中心部から離れているのは海岸だから仕方ないとして、道が細い。途中通ったの、漁師のおっさんとかくらいしか通らないような細い、石畳の道だったもん。
「じめじめどうくつ、ですもんねー」
「むしむしします……」
アムレク、ミンミカ、それはもうあきらめろ。……あ、でもここだと単純にじめじめ、じゃなくて塩水がついてきたりするのか?
うわ、もっと人来ないわ。この世界、レジャーとしての海水浴ってほとんどないみたいだし。
「ともかく、入ってみるか」
「そうですわね。行きましょう」
単純にあちこち見て回るのが楽しいっぽいファルンを先頭に、みんなでぞろぞろと中に入った。
少し狭くなった通路の向こうに、広々とした半球形の空間が広がっている。とはいっても、高さも広さも学校の体育館とかそのくらいだろうけれど。
んで、床の中央にぶっ刺されたボロボロの剣。あ、何か変な力感じる。これが封印とかなんとかいうやつね、なるほど。
空間に入ったところに立っていた、説明看板に曰く。
勇者ソードバルが、海王ネレイデシアの配下であったマーダ教信者の魚人軍を滅ぼし、その指揮官であった『水の舞』メイデリアをこの地にて倒した。一説には封印しただけとも言われているが、詳細は不明である。
「どちらにしろ、マール教側が勝利した地ということですわね」
「そうなるか」
ファルンが頬に手を当てて呟いた言葉に、俺は小さく頷く。ま、負けた土地でも後で改ざんとかしかねないけどなあ、と思い切り悪意を持って考えてるんだけど。
で、聞いた名前がいくつも出てきたので、尋ねてみた。
「ソードバルって、魚人相手担当だったのか?」
「出身がソードバルの街ですから、そういうことになったのかもしれません」
「魚人族はどうしても独特の体臭がありますし、海で戦うことが多いですからマール教からしても慣れている者を派遣したほうが良い、と考えたのでは」
カーライル、そしてシーラが答えてくれた。ああ、魚っぽい匂いね。あれ、慣れてないときついだろうなあ。小さめの魚とかでもそうなんだから、少なくとも人サイズの魚人が複数、って確かに厳しいわ。