137.宿とガイドと俺と飯
さて。
俺が実際のところ邪神であるとか、他五名がその配下&下僕であることはともかくとして、だ。
今俺たちはファルンにくっついて修行の旅の途中、という名目でこの宿に泊まっているわけだ。
「グレコロンが手配してくれたってことは、ここはいい宿だってことだよな」
まずは、宿の状況を把握することと街の状況。ここ重要、飯はうまいもの食いたいし、せっかくなんだからゆっくり寝ておきたいし。
いくら邪神だろうが、そっちのほうがまず大事。これは配下たちも一緒なようで、即座に話題がそちらに移った。
「客室が少ないようですから、一日あたりの顧客数を抑えてその分サービスが手厚いのではないでしょうか」
「あと、秘密を漏らされる心配が極端に低いでしょうね。従業員がほとんどいませんから」
カーライルとファルンが、この宿をグレコロンが選んだ……というかおそらくは普段使っている理由について、推測を述べる。
あー、確かに一日何組限定の宿、とかってあっちの世界でもあったもんなあ。俺の給料じゃとてもじゃないけど行けないところだったし、第一休み取れなかったけど。
しかし、従業員いないってのは良い点もあるけど、でも。
「従業員少ないと、サービスに手が回らないんじゃないか?」
「だから客の数を抑えてるんですよ。一日二組ですし」
俺の疑問に、カーライルが簡単に答えてくれた。人が少なくても回せるだけの客しか取らない、ってことか。
ふと見ると、シーラが室内のテーブルの上から何かを手にとっていた。A4くらいのサイズの、厚手の紙っぽい。
「ガイドがあります。ご覧になりますか」
「ガイド?」
あれか、ホテルの机の引き出しに入ってる取説みたいなやつ。なるほど、あってもおかしくないのか。
「見せて」と頼んで受け取ってみると、数ページの冊子みたいになっていた。左上の隅っこを紙こよりでまとめてあるのを、めくっていく。ほんとにホテルについてるあれっぽいな。さすがにテレビがないから、有料チャンネルとかの案内はないけど。
そのうち、食事についてのページに行き当たった。
「食事は外注になるけど、部屋まで運んでくれるってさ。こっちがメニューになってる」
そういえば、この宿には食堂ついてなかったな。外で食べるのが基本だけど、頼めば持ってきてくれるわけだ。
「そうか、二組なら外注でも何てことないか」
「注文を受けるお店にしても、いつものことでしょうからね」
ファルンがなるほど、と頷く。きちんとお付き合いしていれば、周辺のお店もそのくらいの融通はきかせてくれるってことだよね。
今日はアムレクとミンミカが……うん、ベッドで丸くなって爆睡してら。あれじゃ外に食べに行くのも何だし、これを利用させてもらうことにしようか。
それはそれとして。ガイドをめくっていくと、最後の一枚が大きいサイズの紙を折りたたんだやつだった。
広げてみると、街の地図。教会や昔の建物など、観光名所が大きく記されている。
「あ、観光用の地図か、これ」
「そうですね。しばらく滞在して、見て回ることにしましょうか」
「そうだなあ……あいつら、今日は動けなさそうだし」
覗き込んできたカーライルと、顔を見合わせて頷く。俺も船には酔わなかったけど、数日ばかりのんびり休みたい。この大陸で目指す先は確か峠、って言ってたもんな。体力回復が先決だ。
「コータ様」
不意に、カーライルに名を呼ばれた。何となく楽しそうな声に聞こえて、俺は首をかしげる。
「観光でしたら、先程の支配人はこの街には詳しいのではありませんか?」
「ん?」
おい、微妙に回りくどい言い方だな。でも、言いたいことはすぐにわかった。
「ここに呼ぶ口実ができるってことか」
「はい」
つまり、口実を作ってとっとと俺がゴチになればいい、わけだ。うひひ。