135.船で渡った北の街
「シーラさん、荷物よろしくおねがいします」
「分かっている、ファルン殿」
「コータちゃん、大丈夫ですか?」
「わたしは大丈夫です、カーライルお兄ちゃん」
例によって例のごとく、外面全開での会話である。慣れてきたのはいいんだが、やっぱり微妙に違和感が残るんだよなあ。
もっとも、この会話パターンで五日ほど船の中で暮らしたわけで。やっとたどり着いた揺れない大地は、ほっと安心させてくれる。
北の大陸の入り口は、メイメイデイという羊なんだか危険なんだかよく分からん名前の港町である。めーめーでー、と発音したら可愛いかな。
それはともかく、サンディ家が手配してくれた客船を使って俺たちは無事、北の大陸に足を踏み入れた。五日ほどかかったのはまあ、外海に出てちょっと荒れたからなんだけど。
で、俺たち四人はまず無事についたんだが、無事じゃなかったのが二人いる。
「きもちわるいれすう……」
「ふね、にがてです……」
ミンミカとアムレクが、ふらふらになって腰抜けてる状態である。別に交尾を頑張ったわけではなく、海が荒れたせいでの酷い船酔い。俺含めて他の四人も軽くなったけど、すでに回復してるんだよなあ。さすがにこれは、マール教の宝である杖でも治らなくてさ。
「アムレク、ミンミカ、大丈夫か?」
「宿も手配してくれているようですので、そちらで休みましょうね」
カーライルは一応心配しているし、ファルンもこう言ってくれてるのでまず宿に行くのが最優先だろう。……その前にこいつら、動けるようになるんだろうか?
にしても、ウサギ兄妹酷いなあ。ここまで乗り物、というか船に弱いとは思わなかった。海が荒れたのは仕方ないけど、それ以上に。
「ウサギ獣人に限りませんが、住んでいた場所によっては船が苦手ということもあるみたいですね」
「そうなんですか?」
「深い水を知らない者であれば、落ちて溺れることを怖がるでしょうし」
……カーライルの言うとおりか。逆に無知ゆえに平気、なパターンもあるんだろうけれど、それはこういう場合問題にはならない。うっかり落っこちて問題になることはあるだろうけれど。
「あと、じしんはしってますけど、あれもきもちわるいれす」
「ああ。あれは揺れてるときもだけど、終わった後も大変ですよねえ」
アムレクのセリフに、ふと前の世界を思い出した。仕事中に頭がぐらぐらしたからやべえ、これ睡眠不足かと思ったら地震だったことがあってさ。ま、大したもんじゃなかったから良かったんだが。
「じめんとまったのに、ゆれてないのにゆらゆらするかんじで、ミンミカだめです」
ミンミカが、『終わった後も大変』に反応したらしい。長く揺れるとなあ、止まった後でも何となく揺れてるような気がすることあるんだよね。あれ、気持ち悪い。
「早く宿に入りましょう」
「そうしよう。アムレクは自分が担いでいきます」
「では、私はミンミカを」
慌てて反応したファルンに答えるように、シーラが荷物背負ったり腕に引っ掛けたりしたまま、空いた腕でアムレクを荷物の一つのように持ち上げた。カーライルがミンミカを横抱きにしてくれたので、俺は小さい荷物を持ってついていくことにする。
身体ちっこいから、誰かを担ぐことはできないんだよな。担がれることはできるけど。
「にしても」
荷物持っていくだけだから余裕がありすぎて、ぐるりと周囲を見渡す。
「アイホーティよりも何というか、もふもふした街ですよね」
「もふもふ、ですか?」
ファルンが、俺の言葉に不思議そうに首を傾げた。荷物プラスアムレク持ってもかなり余裕の表情を見せているシーラが、「獣人が多い、ということでは」と口添えをしてくれた。
「ああ、それでもふもふ」
彼女が言ってくれたことで、ファルンも納得したように頷いてくれた。
そうなんだよねえ。このメイメイデイ、周囲の人たち八割がた獣人系。それも俺みたいな角としっぽ生えてるだけなのよりも、頭がしっかり犬っぽいのとか全身ふっさふさなお猿さんとか、まじで鹿が二足歩行してるのとか。
北の大陸って、やっぱ今までいた大陸とは違うんだな、とふと思った。




