100.寝起きに突然どたばったん
「コータちゃま、コータちゃま」
「……んぁ?」
遠くから呼ばれてる気がして、ふっと意識が浮き上がった。ミンミカの声なのは分かったけれど、何だか緊張しているような感じだ。ひそひそ声だし。
「……ミンミカ?」
「しんにゅうしゃです。ぶきもってるです」
「へ」
たどたどしい発音で紡がれた言葉、その意味を理解するのに時間がかかった。寝起きだからかな、と考える間もなく侵入者、武器を持っている、と変換終了。え、マジで?
よく見ると、ミンミカの全身の毛が微妙に逆立っている。耳がこまめに動き回っているのは、周囲の音を拾っているからだろう。
マール教教会にくっついてる宿舎だろ、ここ。誰だ、神をも恐れぬ不届き者は……俺もだけどさ。
「アムレクは」
「おへやにはいったままです」
ウサギ兄の姿が見えないので聞いてみる。そうか、合流はしてないんだな。いや、この場合その方が良いと思う。
「まあ、一ヶ所に集まってたらやばいかもしれないしな。最悪、僧侶さんや外にいるシーラたちを呼んできてくれれば何とかなるはずだ」
「はいです」
……あ。
シーラたちはともかく、僧侶さんイコール教会は当てにできない可能性があるわ。
教会にくっついてる宿舎に入ってきたんなら、教会自体を先に制圧してるかもしれない。もしくは別働隊。
「こっちくるです」
ミンミカが耳をびくんと震わせて、その一言を口にした。それから、俺の脇の下を抱えてそのままベッドの横に下ろす。んで、下の隙間にグイグイと押し込まれた。って、おい?
「コータちゃまは、かくれててください。ちっちゃいから、かくれてなきゃだめです」
「ミンミカ?」
「しー、です」
立てた人差し指を、口元に当てる。あっちもこっちも同じ仕草で、ミンミカは俺に黙るように言った。そうして彼女がベッドから離れかけたところで、バタンと威勢よく扉が開く。
「メスがいたぞー」
「ほえ?」
「よし、連れて行け」
「なにするですかー!」
ばたばたばたと複数の足音が響いて、ミンミカが悲鳴をあげる。多分これ、俺が隠れてる方に意識向けさせないためか。
足元だけ見えるけれど、普通に旅行者とか衛兵とかの靴っぽいな。
「ウサギ獣人か。ちょうどいい、たくさん産めるからな」
「やですー! へんなおじさんのこどもは、うみたくないです!」
うげ、何言ってんだこいつらは。確かにウサギは多産だったと思うけど、ウサギ獣人もそうなのかよってツッコミどころはそこじゃない。
「変なおじさんとか言うな! マール純粋絶対派の子を産めることを、ありがたく思え!」
「ただのふるいあたまの、へんなおじさんですー!」
ぎゃあぎゃあ喚くミンミカの足が見えなくなったので、担ぎ上げられたらしい。そのまま、どこかへ持っていくつもりだろう。
ってか、マール純粋絶対派。何それ、という感じだけど文字通りの連中なんだろうなあ。マール教は絶対である、とか何とか。
そういう連中がなんでミンミカ連れて行くのか、よく分からないけれど。
「こっちはこれで終わりっすか?」
「多分な。人の気配はねえ」
人の気配はない。うん、俺、神様だからな……いや、多分あいつらが鈍いだけだ。そういうことにしろ。
「教会の方は?」
「既に抑えてあります。早いやつはおっ始めてるんじゃないすかね」
「んだ、早漏が」
うげえ。冗談じゃねえ、俺の吸う分が減るだろうが何考えてるんだお前ら。俺のことは何も考えていない、というか知らないのが正解だけどな。
……にしても。
お前ら、一応マール教なんだろ? 何で教会襲うんだ……って、言っても無駄なんだろうな。どうせこいつらにとって、今のマール教は生ぬるいとか教主ハーレムおのれーとかいう理由で敵なんだろうし。あとの方は俺も賛同するけど。
「さっきのウサギ野郎はどうした」
「オスは逃げ足早いっすね。あっという間に窓から飛び出していきましたよ」
「馬鹿野郎、援軍連れてきたらどうするんだ!」
「だから、先に教会抑えといたんでしょうが。いくらドンガタの武器でも、教会相手にゃ向けられませんて」
「ちっ」
あ、そういうことか。ってこのパターン、前にもあった気がするぞ。そうだ、アムレクと合流したときだ。
ただ、前回はマーダ教で今回はマール教の多分異端派。まあ、人が考えることってそうそう代わりはないか。
「それに、こっちの武器もここで揃えたんですし。大丈夫ですよ」
「呑気なこと言いやがって」
「しゃあねえな、急ぐぞ」
へい、と数人の声が返事をしたところで、足音が遠ざかっていく。せめてドア閉めろよ、てめえら。
……アムレク、どこに行ったかな。ガイザスさんとこに行ってるなら、良いんだけど……ちゃんと説明できるかなあいつ?




