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オタクがバンドを組んでなにが悪い?!  作者: 獅子尾ケイ
激闘! ライブハウス編
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第九十一話 「リトルウイッチカルテット」

 クラシックギターを持ち、ステージに上がった四人組のバンド。


 ギターを肩にかけるわけでなく、用意した椅子に座ってギターを構えている。


「クラシックギターって、どんな音色なんですかね」


 ライブが始まる前、僕は和田に聞いてみた。


 エレキギターの激しい音を聴くのがほとんどで、クラシックギターがどんなのかわからなかった。


「多分、甘くて優しい感じかな?」


 ーーどういう感じなんです?


 和田の例えは独特だが、演奏が始まるとその例えの意味がよくわかる。


 ステージからは、ギターの生音が聴こえ始める。


 アルペジオといわれる、弦を順番に流れるように弾く技法。エレキやアコギとは違った音色で不思議な感覚だ。


 ライブハウスでクラシックギターを聴いたことがないのか、他の観客もどう反応していいかわからない。


「なんか……すごい地味」


 ロックバンドと違って、激しく動き回ることもなく、ただ座って弾いている。


「まあ、ゆるい感じの曲だからね。けど……」


 そう言うと、和田はクラシックギターを弾いている人の手をじっと見ていた。


「どうしたんです?」


「あの手、見てごらんよ。すごいよ……」


 和田に言われ、僕はクラシックギターを弾いている右手を見る。


 ピックは持っていなく、五本の指を使って弦をはじいていた。


「おお……なんだあの動きは」


 ステージとは距離があるにもかかわらず、遠目で見てもわかるくらい右手が動いている。


 ぐにゃんぐにゃんという表現が正しいのかはわからない。しかし、そう見えるくらい器用な指さばきだ。


 エレキギターでは難しそうな弾き方で、リズムが乱れることがない。


「弾いている曲はクラシックだと思うけど、四人で弾くと厚みがある音だね」


 二人がメロディとハモりを弾き、残りが伴奏を弾いている。ベースがいなくとも、ギターでカバーしていた。


 今まで見たことがないスタイルに、僕は目を奪われる。


「けど、なんか眠たくなってくるねー。ふわぁ」


 響子は眠たそうな顔をしてあくびをしていた。


 ただ退屈だからというわけではなく、音色が気持ちいいからそうなってしまうのだろう。


 フロアにゆるやかな音が鳴り響いた後、一曲目が終わる。


「ジャンルは違うけど、こういう曲も悪くはないね」


「ですねー、僕はもっと激しい感じの曲が好きですけど」


 次の曲が始まる間、和田とたわいもない会話をする。


 ステージを見ると、演奏する人の位置を変えている。一人がギターを置き、なにか四角い箱のようなものを足元に置いた。


 その様子を見ていた僕は、演奏のレベルも低くくはない。曲もすごくいい曲だったけれど、僕らとそんなに大差はない。


 少し余裕があるように考えていた。


「次の曲は……カバーです」


 弱々しい声で曲を紹介するが、演奏が始まると自分の考えが甘かったことに気づかされる。


 ーードッ、ドッ!


 四角い箱を手でたたくと、ドラムのような低い音が鳴り出す。


 タイミングよくその音に合わせるように、一人がクラシックギターを弾く。


「なんだ……あの弾き方は」


 よく見るギターの弾き方とはまったく違った演奏。


 右の指で弦をたたいたり、ギターの指板に指を近づけて弾いている。


 一番のおどろきは、伴奏とメロディを一人で弾いていることだ。他のギターに合わせるのではなく、すべて自分でこなしている。


「一音一音としっかり音が出ているね。おまけに、聴いてて気持ちがいい音」


 右手をあごに当てて、和田は食い入るように話しながら聴いていた。


 流れるように甘く温かい。 それに加えて、リズム感があるギターサウンド。


 僕らだけじゃなく、この場にいる観客の雰囲気がガラリと変わる。


 音に合わせて、体を揺らす人。首を動かしながらリズムを取る人。リトルウイッチカルテットというバンドを受け入れているようだった。


「こういうバンドだったのか……」


 ただゆったりとした曲だけじゃなく、お客を湧かせることができる演奏。


 見た目だけで、そのバンドを評価してはいけない。そう思わせるライブだと、僕は再確認した。


「そろそろ戻ろうか」


 和田はくるりと体の向きを変え、出口へ向かう。


「まだ演奏が全部終わってませんよ?」


「あれを見たら、この後やる曲もきっと盛り上がるよ」


 和田はなにか考えながら僕にそう返事をした。


「あたしらも、頑張らなきゃだねー。負けてられないって感じー」


 リトルウイッチカルテットの演奏はまだ続いている。


 ステージには湧き上がる観客の声。バンドが弾く甘く透き通るクラシックギターの音色。


 間違いなく、彼らのライブは成功したと言えるだろう。僕も和田たちの後を追い、フロアの出入りへ向かう。


 響子の言うように、負けていられない。僕は演奏する彼らを見てそう思った。


「さあ! 次は僕らの番ですよー!」


 楽屋に戻り、中にいる金本たちに声をかける。


「どうしたの岩崎君、なんかハツラツしているけど」


 パソコンをカチカチさせながら、金本は僕の顔を見ながら話す。


「ギャルゲーなんかやってる暇はないですよ! さあ、ライブの準備!」


 僕はパソコンをバタンと閉じ、金本にギターを持たせる。


「ああー! まだセーブしていないんだぞ、また共通ルートからやるのかあああ!」


「さあさあ、円陣を組みましょう! ライブは前とかによくやってるし」


 パソコンの前でうなだれる金本を気にすることなく、みんなを集める。


「僕らの番までまだ時間があるぞ? なんで円陣なんか……」


 だるそうに頭をかいている荒木を無理やりひっぱり、僕は円を作る。


 全員が肩に腕をかけると、僕はさけぶ。


「よーし! いいライブをやって、今日のバンドの中で一番になるぞ! おー!」


「おっ? おー」


 つられるように小さく声に出す金本たち。まだよくわかっていない様子だ。


 ーーガチャ。


 いきなり楽屋のドアが開く。僕が振り向くと、スタッフさんが現れた。


「あと十分くらいでセットチェンジなんで、準備をお願いしまーす」


 僕らのライブが始まるまで、残り十分。


 ついに、その時が来た。

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